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拝啓 初夏の候を迎え、緑も一段と深みを増し、鶯の恋唄も上手になってまいりました。
さて、毎年、旬の味としてお届けしてまいりました梨が、国道バイパス工事のあおりを受け、今年が最後となりそうです。思えば15年前、先輩のお世話で3000坪の平坦な土地を紹介して頂き、手に入れることが出来ました。半分の1500坪をキノコ生産の工場用地として利用し、残りの1500坪には、私の趣味であった果樹の数々を植栽し、1年中、樹から完熟の果物を得られるように85種類の果樹を植栽し、、有機堆肥で栽培してまいりましました。特に、印象に残ったのは、富有柿で、普通、糖度が18%といわれていますが、当園で28%というたぶん、日本一の美味しい柿を生産した事でした。当然の如く、カラスがその味を認め、私とカラスの知恵比べを数年しました。カラスの習性を徹底的に調べ、簡単にカラスを捕獲し2度と園を荒らさない技が見つかりました。また、キジが常駐する条件づくりは、下草を一切に刈らず、すじ条に刈って彼らが身の危険から即座に逃げ込める隠れ家を作ることでした。周囲に植えられたドングリの木は秋に実をつけ冬場に夜間は鳥の鳴き声がします。これは夜行性であるカモの食事の姿でありました。
今年は最後の都市を思い腕によりをかけて美味しいものを作ろうと努力しましたが、今年の梅雨は。ここ2週間くらい、毎日毎日雨の連続でした。当然の如く、水分で甘みは薄められ美味しさに欠けます。大自然の中、農業の悲しさをひしひしと感じています。娘もどんな条件化で育っても、時が来ればお嫁に出す頃を迎えるものですね。
最後につまらぬ一項を入れましたが、とにかく色んな事をおしえてくれた農園の悲喜こもごもの15年でした。どうか、ご賞味ください。
敬具
平成20年6月24日
大分大山町
八幡 欣治
翌日は、ここから大分の日田へ向かいました。九州は大雨のようで予定より早めに出発。新幹線、特急と乗り継いで1時40分、日田に着きました。そのまま宿の日田温泉、小川軒(洋食屋さんのような名前です)へ行ってお湯につかって昼寝。夕方6時に迎えが来て下さいまして日田市大山町のJAへ。山間いの町ですがたいへん農業が盛んなところです。なんでも先代の組合長(今の組合長の父)さんが、先見の明のある方で、とっくに稲作から果樹にきりかえて梅やら栗の産地であります。後日、組合長さんからおいしい果樹を送っていただきました。
21日は由布岳登山です。由布院温泉の金鱗湖近くの民宿「つたや」さんに荷物を預けて出発したのが10時50分。有り難い事に裏の登山口は目と鼻の先です。この日は大分は大雨、雷、洪水注意報が出ていて、すぐに雨が降り出し、雷も鳴っています。少し迷いましたが、そのまま続行しました。すぐに雷も雨も上がりました。山の中腹から見た街の眺めは素晴らしいものです。そのうちにまた降り出して、東峰に着いたときは本格的な雨で風も出てきました。時計を見たら1時50分でちょうど3時間でした。西峰はあきらめてすぐ下山にかかりました。宿に着いたのが4時半、5時間40分の登山でした。

由布岳から下界を見て

つたやさんの露天、もちろんかけ流しです

金鱗湖近くの「下人湯」 200円で入れます
明くる日は街の中をうろちょろと。日曜日とあって若い女性がいっぱい、はいてすてるほどいて、いい目の保養が出来ました。
バスターミナルで待っている間に、前からの疑問がとけました。「由布院」と「湯布院」はどうちがうのか、そんな質問をよくされるようで、張り紙がしてありました。
昭和30年に湯布院町と湯平村が一つになって両方の名前から湯布院町としたそうです。ですから「湯」というのは町の名前につき山は由布岳。私はゆうだけ、これだけの事です。
3泊4日の旅で、帰ってから2日ほど奥歯が痛みました。どうやら疲れが出たようです。

人面岩
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高越山の行場
徳島から徳島線で阿波山川へ。5Kほど行くともうまったく山の中で、高越(こうつ)の里というキャンプ場へ泊まりました。和室の部屋で一泊二食つき、5250円はたいへんお得です。温泉もありましてかけ流しです。無職の源泉が空気にふれて赤茶色に変化します。ここはもと銅山だったところで、そこに温泉が出て、銅をふくんだお湯です。加温のみでよくあたたまるお湯でした。このキャンプ場はBGMに童謡が流れています。山の中で聴く童謡もいいものです。
6日は朝6時に起きました。風呂は9時からですが、念のためとのぞいてみましたら、湯舟のお湯がぬいてあります。毎日、そうじをするようで、当たり前だと思いますが有り難い事です。朝食は9時で、とても待ちきれず、7時に高越山目指して出発。表参道の登山まで45分、途中のぞき岩やら行場を回って弘法大師の銅像が建つ山頂には10時41分に着きました。眼下の吉野川を眺めながら一服。下山は表参道から別れてふいご温泉(去年泊まりました)に出る道を通って宿に着いたのが12時50分。去年とは逆コースを歩きましたが、5時間50分かかって大満足の山でした。あとは温泉三昧。
7日は5時半に出発して北谷の大師庵へ行きました。4.5Kの道のりで舗装された道dえ巣がかなり登って行きます。途中、山の上の方に集落があり、大きな養鶏場まであってびっくり。55分で大師様に到着、観音像が建っていて、のわきから水が湧いています。水を飲んでタバコを一服、どちらも美味でした。

北谷の観音様

帯広市内の銭湯「狸の里」

終演後、評判のジンギスカンのお店で共済連のお二人と 私の右が山上次長
二岐山
6日(連休最後の日)は朝からとてもいいお天気です。春日部発6時54分の快速に乗って野岩(やがん鉄道)・会津鉄道と乗り継いで、湯野上温泉駅(茅葺きの駅舎です)に着いたのが10時少し過ぎ。何回もここへ来ていますがこんなにたくさんの人がいるのは初めての事です。
コーヒーをたのみますと、すぐ出て来ました。いつも10分ほど待たされますが、今日はお客がくると見込んで、用意してあったようです。お陰で味も少しだけ落ちていましたが、タバコを一服つけてから出発。
国道118号線を東に向かって歩きます。あまり車も通りません。聞こえるのはうぐいすやら鳥の鳴き声と川のせせらぎ、あたりの山々を見渡せば、新緑のまばゆい事。途中、岩魚の塩焼きでビールを一本、そばを一枚たぐって休憩。岩瀬湯元温泉(去年暮に行きました)の1キロほど手前を右に入ります。ここからは登りもきつくなってきます。ふーふーいいながら歩いていると二岐山が見えてきます。乳房山とも云われています、双耳峰の山です。3時間40分かかってやっと宿に着いた時には、少々疲れました。宿は桂祇(かつらぎ)荘で、さっそく風呂へ。内湯と露天があり、露天のほうがぬるくて私好みです。もちろん源泉かけ流しの名湯です。

桂祇荘の露天風呂 竹筒からこんこんとお湯が
翌日、二岐山登山です。宿のすぐ先の二岐橋が架け替え工事で通行止めのため、一つ下の橋まで戻って向こう側の林道をくねくねと歩いて、やっと二岐橋まで着くのに二時間もかかりました。驚いた事に橋はもう出来ていて渡る事が出来ます。よく確かめれば二分のところを、なんと2時間もかかって、もう山を登る元気もなくなって、歩くのはおしまい。お湯とお酒で一日、過ごしました。
その翌日は、5時起きで、この完成した橋を渡って二岐山へ。デコボコ道を歩いて御鍋神社まで45分。ここの御神体は鍋でして、なべでしょう。ここの登山口からすぐに急登となり、ブナ平に着きます。ブナの多い山ですが、このブナ平は大がかりな代採をされて、痛々しいです。男岳山頂から女岳へ。女岳は、まだだいぶ雪が残っていまして、やはり女だけにお化粧がお好きなようです。ここからは急坂をおりて、林道に出ましたら、山菜を採りに行く宿のご主人の車と逢いました。一緒に連れていってもらいまして、山うどが採れましたが、まだ一週間ほど早かったようです。採れたてのウドの皮をむいて味噌をつけて食べさしてもらいましたが、真に美味。酒がすすみます。
明くる日は、小白森山へ。ショウジョウバカマの花が咲いています。山頂近くにはシャクナゲ、ちょうど今頃(6月中旬)が見頃だそうです。

御鍋神社
当日はどうやらお天気は良さそうです。皆様のご来場をお待ちしております。
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篠原さんと 終演後の打ち上げで

青木屋さんでピンボケの雷太と風子
翌、23日はお昼に中津川のそば屋、青木さんのそばをご馳走になりました。おいしいそばです。ただ欲を云うと、つゆがやや甘いかなと思いました。それからローソク温泉へ。名湯ですが、今はすっかり人気が出たようで、だいぶきれいになっていました。夜はスペース大原さんでの口演。会場がお兄さんのところへ移動した訳です。
いつもながらいっぱいのお客様で「山崎屋」と「猫の災難」の二席。この日も「三千盛」で酔いました。


ローソク温泉
24日は多治見から太多線の二両編成に乗って(こういう旅が大好きです)チンタラ〜〜と移動、一時間ちょいで岐阜に到着。駅へ迎えに出てくださいました岐阜の古田さんの車で山県市の岩佐へ。昨秋に落語会を開いて下さって今回二回目です。古田さんのいとこのフルタ硝子の社長さんの多目的ホールが会場です。この夜は「長屋の花見」と「木乃伊取り」の二席です。驚いたことにお客様全員が残って下さっての大宴会で、ここでも三千盛で盛り上がりました。
25日は明き日で、もう朝から迎え酒。その後「神明温泉」へ連れていって頂きました。
26日、瑞浪市釜戸の落語会です。いつもはお寺さんで開いていますが、今回は近くの釜戸コミュニティセンターが会場となりました。「強情灸」と「長屋の花見」の二席でした。
25〜26日と三好クリーニングさん連泊させて頂きました。
27日は山岡町の林昌寺の直樹和尚が。朝9時に迎えに来てくださいました。5月に住職に昇進なさいます。噺家の真打披露のようなもので、二千人のお客様をお呼びするのだそうで、その支度で大忙しの中ですが、迎えに来てくださいました。有り難い事です。
その車で神戸の宅原寺さんへ。一回目の時があの福知山線の大惨事の夜でした。暗く悲しい気分でしたが、あれからもう三年、早いものです。
毎回、平日の夜でしたが、今回は休日の昼間でたくさんのお客様がおいで下さいました。「長屋の花見」と「猫の災難」を口演して千秋楽となりました。この日はさすがに飲み疲れで、早々にダウンしてしまいました。
28日に帰って参りまして、29日は群馬の長善寺さんへ。「猫の災難」を一席やって、毎年恒例の4月下旬の旅が終わりました。
どこもいっぱいのお客様でして、有意義な旅が出来ました。一門での初の旅でした。
30日は日光の鳴虫山登山。ヤシオツツジが満開で、カタクリの花もちらほらと、久しぶりの山でいい汗をいっぱいかきました。

宅原寺のポスター
柏餅について
柏餅を食べていて、「柏の葉はどこから集めるんですか?」とふっと思った疑問を和菓子屋さんにぶつけてみました。
答えはなんと、中国産で塩漬けして輸入されるそうです。中国産の柏餅、大丈夫なんでしょうか。お祝いの食べ物ですから、国産でまかなってもらいたいものです。
昔の行事は旧暦ですから、今の五月末ごろに柏の葉がとれて、それを餅に巻いて食べていた訳で、ごく当たり前の事でしたが、今は当たり前でないことが当たり前になってきました。
安心なものを食べたいです。

高川山の角さん


嵐か・・
吹雪か・・・
落雷か・・・

雷蔵の二文字を面白(?)絵文字にした手拭い
絵文字:永井建策 デザイン:こぼりみつこ

会津の観音の湯・・・・・・

松沢鉱泉に掛かっていた額
また会津へ行きました。2月18日、早朝に春日部を発ち、西若松に着いたのが10時50分歩いて温泉に向かいました。太陽が顔を出したり引っ込めたり、時々粉雪が舞う陽気で歩くには最適の日でした。会津路の雪道を歩いて2時間35分、やっと松沢鉱泉に着きました。会津平野を一望する一軒宿で、表には観音様が建っています。観音の湯です。ぼーっと温泉につかって白銀の平野を眺めての一日でした。

松沢鉱泉の観音様
翌日はJA会津で「転失気」と「金婚旅行」をしゃべって、また会津鉄道で帰ってきまして、新宿末広亭を務めましたが、少々くたびれました。
下呂〜高知・・・・・・
2月23日は正月にお世話になった赤かぶさんへ参りました。この家とは20年来のおつきあいですが、この時期は初めての事です。いろりの間にお雛様が飾ってあります。この飛騨地方では近所の子供が「ひな様みせとくれ」とやって来まして、お菓子をもらって歩くという風習がありまして、何十軒も回るとお菓子もかなりの量になるそうです。


赤かぶさんの奥さんの初節句のおひな様
今の人形とちがってとても個性的で美しいお顔です
翌朝山登りのつもりがあいにくと大荒れの天候でして、小坂町の「ひめしゃがの湯」へ行きました。鉄分の多い赤茶けたお湯で、かけ流しです。露天はぬるいので一時間ほど入っていました。湯上りにうまいそばをご馳走になり午後からは公民館での独演会です。「猿後家」と「猫の災難」を披露。終演後岡山まで行き、ここで一泊。翌日土讃線で高知へ。雪景色の下呂とちがって四国は春のよそおいです。高知では「猫の災難」の一席でした。
伊豆韮山の駒の湯温泉・・・・・・

山の中の湯「湯源泉荘」
3月20日、伊豆箱根鉄道の大場駅から歩いて温泉に向かいました。畑も温泉を通って奈古屋温泉を過ぎ山の中へ入っていくと一軒宿の駒の湯温泉です.一時間ほどの歩きでした。
ここの源泉は37度ぐらいで、五つの湯舟はそれぞれ温度がちがいます。露天も温度差があり、打たせ湯もあります。樹々のざわめき、鳥の声を聴きながら風流なものです。すべてかけ流しで加温のみ、それに毎回湯をぬいて掃除をするという当たり前の事ですが、そんな宿は少なくなりました。とてもお湯を大切にしている宿です。料金も格安で、トイレ無しの部屋で7500円、お酒を飲んでも10250円です。また露天がもう一ヶ所あり、ここは混浴。温泉好きの人にはおすすめの宿です。

樹々に囲まれた露天風呂
翌日は50分歩いて韮山高校へ。シダックスの社長さんの母校だそうで、寄附でもしたのでしょうか、県立には珍しく立派な講堂があります。このきれいな会場で「宮戸川」をおしゃべりしてきました。
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