2008年07月12日
由布岳と由布院温泉
6月19日、岐阜の古田さんのご紹介でユーモア会の集いに呼ばれました。とても長く続いている会で、月に一度のペースで四四六回目だそうです。八百夜はまだまだ足元にもおよびません。「猫の災難」と「権助提灯」を披露しました。終演後は宿の長良川グランドホテルでご馳走になりました。鵜飼いの季節で、とれたての鮎の塩焼きは真に美味。三人前も頂いてしまいました。
翌日は、ここから大分の日田へ向かいました。九州は大雨のようで予定より早めに出発。新幹線、特急と乗り継いで1時40分、日田に着きました。そのまま宿の日田温泉、小川軒(洋食屋さんのような名前です)へ行ってお湯につかって昼寝。夕方6時に迎えが来て下さいまして日田市大山町のJAへ。山間いの町ですがたいへん農業が盛んなところです。なんでも先代の組合長(今の組合長の父)さんが、先見の明のある方で、とっくに稲作から果樹にきりかえて梅やら栗の産地であります。後日、組合長さんからおいしい果樹を送っていただきました。
21日は由布岳登山です。由布院温泉の金鱗湖近くの民宿「つたや」さんに荷物を預けて出発したのが10時50分。有り難い事に裏の登山口は目と鼻の先です。この日は大分は大雨、雷、洪水注意報が出ていて、すぐに雨が降り出し、雷も鳴っています。少し迷いましたが、そのまま続行しました。すぐに雷も雨も上がりました。山の中腹から見た街の眺めは素晴らしいものです。そのうちにまた降り出して、東峰に着いたときは本格的な雨で風も出てきました。時計を見たら1時50分でちょうど3時間でした。西峰はあきらめてすぐ下山にかかりました。宿に着いたのが4時半、5時間40分の登山でした。

由布岳から下界を見て

つたやさんの露天、もちろんかけ流しです

金鱗湖近くの「下人湯」 200円で入れます
明くる日は街の中をうろちょろと。日曜日とあって若い女性がいっぱい、はいてすてるほどいて、いい目の保養が出来ました。
バスターミナルで待っている間に、前からの疑問がとけました。「由布院」と「湯布院」はどうちがうのか、そんな質問をよくされるようで、張り紙がしてありました。
昭和30年に湯布院町と湯平村が一つになって両方の名前から湯布院町としたそうです。ですから「湯」というのは町の名前につき山は由布岳。私はゆうだけ、これだけの事です。
3泊4日の旅で、帰ってから2日ほど奥歯が痛みました。どうやら疲れが出たようです。

人面岩
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西丹沢の畦ケ丸
6月10日、朝から結構なお天気です。早朝に家を出まして、西丹沢にある中川温泉、丹沢荘に荷物を置いて、畦ケ丸登山に出発したのが9時28分。20分ほど歩いた所が大滝橋で、ここからは東海自然歩道となります。沢沿いに道がついていて、手入れのいきとどいた歩きやすい道です。途中にひなん小屋があり、きちんと整理されていて、きれいな山小屋です。2時間ほどで、大滝峠に着き、ここからは急登とあんります。山頂へ立ったのが3時28分で、ぴったり6時間でした。大滝橋から山頂往復ですと5時間10分で、梅雨の晴れ間の山でした。
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高越(こうつ)の里温泉
6月4日、東京発10時のサンライゾー瀬戸に乗り、翌朝6時半に岡山へ着きました。急病人が出たとかで少し停車。若い女性がホームに座っていましたが、大したことはなさそうでほっと一安心。高松で乗り換えてさぬき市の造田(ぞうだ)には9時20分着。口演は1時からでかなり間がありますので、近くの春日温泉へ。風呂場からは雨にぬれたアジサイの華が見られます。口演後は徳島へ向かいましたが、そのうち雨も上がって、明日は晴天のようでニンマリ。高越山登山の予定です。去年もちょうど今頃でしたが、姿の美しい山です。

高越山の行場
徳島から徳島線で阿波山川へ。5Kほど行くともうまったく山の中で、高越(こうつ)の里というキャンプ場へ泊まりました。和室の部屋で一泊二食つき、5250円はたいへんお得です。温泉もありましてかけ流しです。無職の源泉が空気にふれて赤茶色に変化します。ここはもと銅山だったところで、そこに温泉が出て、銅をふくんだお湯です。加温のみでよくあたたまるお湯でした。このキャンプ場はBGMに童謡が流れています。山の中で聴く童謡もいいものです。
6日は朝6時に起きました。風呂は9時からですが、念のためとのぞいてみましたら、湯舟のお湯がぬいてあります。毎日、そうじをするようで、当たり前だと思いますが有り難い事です。朝食は9時で、とても待ちきれず、7時に高越山目指して出発。表参道の登山まで45分、途中のぞき岩やら行場を回って弘法大師の銅像が建つ山頂には10時41分に着きました。眼下の吉野川を眺めながら一服。下山は表参道から別れてふいご温泉(去年泊まりました)に出る道を通って宿に着いたのが12時50分。去年とは逆コースを歩きましたが、5時間50分かかって大満足の山でした。あとは温泉三昧。
7日は5時半に出発して北谷の大師庵へ行きました。4.5Kの道のりで舗装された道dえ巣がかなり登って行きます。途中、山の上の方に集落があり、大きな養鶏場まであってびっくり。55分で大師様に到着、観音像が建っていて、のわきから水が湧いています。水を飲んでタバコを一服、どちらも美味でした。

北谷の観音様
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2008年06月16日
高知のひろうす
29、30日と高知へ2泊。共済連の片岡さんの招きによるものです。
東京から来た、やはり共済連の森本さん(八百夜にもおいで頂いてます)とも合流、市内の城西館(お城の形をした立派な旅館です)、ここの思季亭という料理屋さんに招待されました。
鰹のたたきに生じらす(こちらではドロ目といいます)は最高。メニューにひろうすと書いてあり、聞きましたら、がんもどきだそうです。
関西では飛龍頭(ひりゅうず)と云いますから、それがなまって、ひろうすとなったのかもしれません。
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帯広の銭湯・狸の里
5月16日、帯広へ行きました。市内に銭湯がたくさんあり、宿(東急イン)で、かけ流しのお湯を調べてくれました。歩いて10分ほどの狸の里です。モール湯という黒っぽいお湯で真に結構。
5時からはやはり宿で教わった近くの「かかし」というお店から来て、となりに座った方に、声を掛けられました。なんと、今度の仕事をお世話してくださいましたJA共済連のお二人です。それから話がはずんで、少し飲みすぎました。
翌日はとなりの中札内村口演後、ジンギスカンをご馳走になりまして、たまには肉もいいものです。

帯広市内の銭湯「狸の里」

終演後、評判のジンギスカンのお店で共済連のお二人と 私の右が山上次長
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新緑の南会津・二岐温泉
5月1日から5日まで上野広小路亭に出演して、6日からのんびり湯山を楽しもうと南会津の二岐(ふたまた)温泉へ。
二岐山
6日(連休最後の日)は朝からとてもいいお天気です。春日部発6時54分の快速に乗って野岩(やがん鉄道)・会津鉄道と乗り継いで、湯野上温泉駅(茅葺きの駅舎です)に着いたのが10時少し過ぎ。何回もここへ来ていますがこんなにたくさんの人がいるのは初めての事です。
コーヒーをたのみますと、すぐ出て来ました。いつも10分ほど待たされますが、今日はお客がくると見込んで、用意してあったようです。お陰で味も少しだけ落ちていましたが、タバコを一服つけてから出発。
国道118号線を東に向かって歩きます。あまり車も通りません。聞こえるのはうぐいすやら鳥の鳴き声と川のせせらぎ、あたりの山々を見渡せば、新緑のまばゆい事。途中、岩魚の塩焼きでビールを一本、そばを一枚たぐって休憩。岩瀬湯元温泉(去年暮に行きました)の1キロほど手前を右に入ります。ここからは登りもきつくなってきます。ふーふーいいながら歩いていると二岐山が見えてきます。乳房山とも云われています、双耳峰の山です。3時間40分かかってやっと宿に着いた時には、少々疲れました。宿は桂祇(かつらぎ)荘で、さっそく風呂へ。内湯と露天があり、露天のほうがぬるくて私好みです。もちろん源泉かけ流しの名湯です。

桂祇荘の露天風呂 竹筒からこんこんとお湯が
翌日、二岐山登山です。宿のすぐ先の二岐橋が架け替え工事で通行止めのため、一つ下の橋まで戻って向こう側の林道をくねくねと歩いて、やっと二岐橋まで着くのに二時間もかかりました。驚いた事に橋はもう出来ていて渡る事が出来ます。よく確かめれば二分のところを、なんと2時間もかかって、もう山を登る元気もなくなって、歩くのはおしまい。お湯とお酒で一日、過ごしました。
その翌日は、5時起きで、この完成した橋を渡って二岐山へ。デコボコ道を歩いて御鍋神社まで45分。ここの御神体は鍋でして、なべでしょう。ここの登山口からすぐに急登となり、ブナ平に着きます。ブナの多い山ですが、このブナ平は大がかりな代採をされて、痛々しいです。男岳山頂から女岳へ。女岳は、まだだいぶ雪が残っていまして、やはり女だけにお化粧がお好きなようです。ここからは急坂をおりて、林道に出ましたら、山菜を採りに行く宿のご主人の車と逢いました。一緒に連れていってもらいまして、山うどが採れましたが、まだ一週間ほど早かったようです。採れたてのウドの皮をむいて味噌をつけて食べさしてもらいましたが、真に美味。酒がすすみます。
明くる日は、小白森山へ。ショウジョウバカマの花が咲いています。山頂近くにはシャクナゲ、ちょうど今頃(6月中旬)が見頃だそうです。

御鍋神社
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2008年05月21日
十八回目の岐阜巡業 物見湯山その87
雷太と風子を連れて4月22〜28日までの旅です。
22日、美乃坂本駅で降り、中津川市茄子川での落語会です。ここは多治見のスペース大原さんの弟さんです篠原さんが中心になって開いてくださったもので、会場には百三十人ほどのお客様で、大入りの盛況でした。私は「猫の災難」と「品川心中」のニ席。主援護の打ち上げは大好きな「三千盛」を頂きました。

篠原さんと 終演後の打ち上げで

青木屋さんでピンボケの雷太と風子
翌、23日はお昼に中津川のそば屋、青木さんのそばをご馳走になりました。おいしいそばです。ただ欲を云うと、つゆがやや甘いかなと思いました。それからローソク温泉へ。名湯ですが、今はすっかり人気が出たようで、だいぶきれいになっていました。夜はスペース大原さんでの口演。会場がお兄さんのところへ移動した訳です。
いつもながらいっぱいのお客様で「山崎屋」と「猫の災難」の二席。この日も「三千盛」で酔いました。


ローソク温泉
24日は多治見から太多線の二両編成に乗って(こういう旅が大好きです)チンタラ〜〜と移動、一時間ちょいで岐阜に到着。駅へ迎えに出てくださいました岐阜の古田さんの車で山県市の岩佐へ。昨秋に落語会を開いて下さって今回二回目です。古田さんのいとこのフルタ硝子の社長さんの多目的ホールが会場です。この夜は「長屋の花見」と「木乃伊取り」の二席です。驚いたことにお客様全員が残って下さっての大宴会で、ここでも三千盛で盛り上がりました。
25日は明き日で、もう朝から迎え酒。その後「神明温泉」へ連れていって頂きました。
26日、瑞浪市釜戸の落語会です。いつもはお寺さんで開いていますが、今回は近くの釜戸コミュニティセンターが会場となりました。「強情灸」と「長屋の花見」の二席でした。
25〜26日と三好クリーニングさん連泊させて頂きました。
27日は山岡町の林昌寺の直樹和尚が。朝9時に迎えに来てくださいました。5月に住職に昇進なさいます。噺家の真打披露のようなもので、二千人のお客様をお呼びするのだそうで、その支度で大忙しの中ですが、迎えに来てくださいました。有り難い事です。
その車で神戸の宅原寺さんへ。一回目の時があの福知山線の大惨事の夜でした。暗く悲しい気分でしたが、あれからもう三年、早いものです。
毎回、平日の夜でしたが、今回は休日の昼間でたくさんのお客様がおいで下さいました。「長屋の花見」と「猫の災難」を口演して千秋楽となりました。この日はさすがに飲み疲れで、早々にダウンしてしまいました。
28日に帰って参りまして、29日は群馬の長善寺さんへ。「猫の災難」を一席やって、毎年恒例の4月下旬の旅が終わりました。
どこもいっぱいのお客様でして、有意義な旅が出来ました。一門での初の旅でした。
30日は日光の鳴虫山登山。ヤシオツツジが満開で、カタクリの花もちらほらと、久しぶりの山でいい汗をいっぱいかきました。

宅原寺のポスター
柏餅について
柏餅を食べていて、「柏の葉はどこから集めるんですか?」とふっと思った疑問を和菓子屋さんにぶつけてみました。
答えはなんと、中国産で塩漬けして輸入されるそうです。中国産の柏餅、大丈夫なんでしょうか。お祝いの食べ物ですから、国産でまかなってもらいたいものです。
昔の行事は旧暦ですから、今の五月末ごろに柏の葉がとれて、それを餅に巻いて食べていた訳で、ごく当たり前の事でしたが、今は当たり前でないことが当たり前になってきました。
安心なものを食べたいです。
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2008年04月29日
旅日記 その86 −物見湯山ー
中田陽子さんの60を祝う会・・・・・・

中田陽子さん(中央)の打上げの席で
右側は共演の当代の高橋竹山さん
2月10日、八百夜のご常連の中田さんの会が深川江戸資料館にて盛大に行われました。日頃きたえた講談と語りを披露。見事な出来でありました。私も助演しましたが、打上げの席もにぎやかで楽しい一日となりました。
会津の観音の湯・・・・・・

松沢鉱泉に掛かっていた額
また会津へ行きました。2月18日、早朝に春日部を発ち、西若松に着いたのが10時50分歩いて温泉に向かいました。太陽が顔を出したり引っ込めたり、時々粉雪が舞う陽気で歩くには最適の日でした。会津路の雪道を歩いて2時間35分、やっと松沢鉱泉に着きました。会津平野を一望する一軒宿で、表には観音様が建っています。観音の湯です。ぼーっと温泉につかって白銀の平野を眺めての一日でした。

松沢鉱泉の観音様
翌日はJA会津で「転失気」と「金婚旅行」をしゃべって、また会津鉄道で帰ってきまして、新宿末広亭を務めましたが、少々くたびれました。
下呂〜高知・・・・・・
2月23日は正月にお世話になった赤かぶさんへ参りました。この家とは20年来のおつきあいですが、この時期は初めての事です。いろりの間にお雛様が飾ってあります。この飛騨地方では近所の子供が「ひな様みせとくれ」とやって来まして、お菓子をもらって歩くという風習がありまして、何十軒も回るとお菓子もかなりの量になるそうです。


赤かぶさんの奥さんの初節句のおひな様
今の人形とちがってとても個性的で美しいお顔です
翌朝山登りのつもりがあいにくと大荒れの天候でして、小坂町の「ひめしゃがの湯」へ行きました。鉄分の多い赤茶けたお湯で、かけ流しです。露天はぬるいので一時間ほど入っていました。湯上りにうまいそばをご馳走になり午後からは公民館での独演会です。「猿後家」と「猫の災難」を披露。終演後岡山まで行き、ここで一泊。翌日土讃線で高知へ。雪景色の下呂とちがって四国は春のよそおいです。高知では「猫の災難」の一席でした。
伊豆韮山の駒の湯温泉・・・・・・

山の中の湯「湯源泉荘」
3月20日、伊豆箱根鉄道の大場駅から歩いて温泉に向かいました。畑も温泉を通って奈古屋温泉を過ぎ山の中へ入っていくと一軒宿の駒の湯温泉です.一時間ほどの歩きでした。
ここの源泉は37度ぐらいで、五つの湯舟はそれぞれ温度がちがいます。露天も温度差があり、打たせ湯もあります。樹々のざわめき、鳥の声を聴きながら風流なものです。すべてかけ流しで加温のみ、それに毎回湯をぬいて掃除をするという当たり前の事ですが、そんな宿は少なくなりました。とてもお湯を大切にしている宿です。料金も格安で、トイレ無しの部屋で7500円、お酒を飲んでも10250円です。また露天がもう一ヶ所あり、ここは混浴。温泉好きの人にはおすすめの宿です。

樹々に囲まれた露天風呂
翌日は50分歩いて韮山高校へ。シダックスの社長さんの母校だそうで、寄附でもしたのでしょうか、県立には珍しく立派な講堂があります。このきれいな会場で「宮戸川」をおしゃべりしてきました。
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2008年03月12日
旅日記 その85 −物見湯山ー

伯備線の車窓から 新見駅近くにて
松江で初の一門会・・・・・・・・・・・・
2月2日の夜、また寝台特急サンライズ出雲に乗込みました。このところちょくちょく乗っていますのでサンライゾーと改名してもらいたいものです。明けの早朝岡山に着いた時はまだまっくらで、倉敷を過ぎた頃に、もそもそ起き出して、まずは一服。そのうちにだんだん雪景色になって来まして、山間に差しかかると一面の銀世界です。流れゆく山々をぼーっと眺めながら至福の一時でした。米子あたりでは雪も少なくなって松江に着いた時には雪のかけらもありませんでした。駅には阿部先生が迎えに出ていて下さいました。その後、大橋さん(いつも山登りに連れて行って頂いています)と合流して、安来市広瀬町の温泉、富田(とだ)山荘へ。山の中腹に建つ宿で、露天からは美しい広瀬町の街並みが眼下に眺められます。風呂は鰻の寝床で、10メートルほどあり、まん中に仕切りがあります。41度の湯が下に流れてちょうど人肌となります。これを交互に入るといつまでも入っていられます。源泉掛け流し(冬場だけ加温)のお湯はごきげんでした。湯上りにビール1本と冷や1本で食事を頂きました。天ぷらとごはんは手をつけずに引きとってもらいました。係りの女の子(20代のかわいい子でした)に冗談で「百円ぐらい負けてください」と声をかけましたら、本当に80円ほどまけてくれました。シャレのわかる人で大喜び、本当にいいお湯でした。三人で千円づつ出してご祝儀を渡しました。

富田山荘の露天
夜は春雨や流の一門で歓迎の宴を開いてくださいまして、大橋さんの手造りのケーキで一週間おくれの私の誕生日をお祝いして頂きました。砂糖とかバターを三分の一ほどひかえたそうですが、充分においしいケーキでした。宿は宍道湖畔にある、松江宍道湖温泉のホテル「なにわ一水」です。

大橋さんお手製のケーキです
4日にこのホテルの広間で春雨や一門会を開いてくださいました。まず、弟子の雷太が開口一番を務め、次が私の「錦名竹」で仲入り。後半は阿部先生(春雨や落雷)が「時そば」を披露。見事な時そばでした。そろそろ、二つ目かな?と思っています。トリは私で「猫の災難」。初の一門会は大成功だったようです。3・4日とここに泊って、お風呂三昧で、在家のいい弟子を持って幸福だなとつくづく思いました。

終演後の打上げで 雷太、大橋さん、私、阿部先生
東北町のほとけ沢温泉・・・・・・・・・・・・
ほとけ→にんべんに、右上が西、右下が国
青森のこだわり農家、荒木さんが正月に上京、八百夜にも顔を出して下さいましたので、そのお礼にと今度はこっちから出むきました。
2月6日、我が家を11時半に出て3時半には青森の野辺地駅に着きました。本当に新幹線は速いものです。乙供(おっとも)駅近くの東龍館へ直行、さっそく風呂に入りました。建物は古いひば建築ですが、風呂場は新しく直してありました。総ひば造りです。湯舟には37度の源泉がこんこんとあふれています。となりの湯舟には加温したお湯が流れています。ぬるぬるっとしたお湯は最高です。二人でおしゃべりしていて、気がついたら1時間半も入っていました。夕食はいつもの「いろは寿司」さんへ。冬の青森の海の幸を充分に味わうことが出来ました。中でも小川原湖の白魚は実に美味でした。宿へ帰ってまた1時間、翌朝も1時間と温泉づけでした。ここはほとけ沢という地名で、自噴しているお湯でほとけ沢温泉です。にんべんに西国と書いてほとけと読むそうです。ほとけ沢温泉に入って正に極楽気分でした。二湯続けて名湯に出逢えてラッキーでした。

ほとけ沢温泉で極楽気分に浸る荒木さん
その後、高沢山に登ってアカマツ(甲地マツ)の自然林を見て来ました。ひざまでもぐっての雪こぎは本当に歩きにくいのですが、160年ほどたった赤松の巨木郡で、173本あるそうで、一見の価値がありました。

高松沢のアカマツ自然林
青森からは函館へ向かいまして、道南地区女性協議会(農家の奥さん方の集まりです)で口演しました。
ー今夜(第264夜)の出し物ー
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子ほめ 風子
元犬 雷太
長屋の花見 雷蔵
−中入りー
木乃伊取り 雷蔵
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2008年02月18日
旅日記 その84 −物見湯山ー


新五郎温泉の宿の玄関に飾ってある伝書
雪の名湯、新五郎湯・・・・・・・・・・・・
昨年の夏に行きました秋田県羽後町でまた呼んで頂きました。ついでに新五郎の湯(やはり昨年行って気に入った宿です)にも入って来ました。
1月19日、上野発12時2分の新幹線で大曲へ。ここで乗換えて湯沢駅には4時頃着です。30分ほどで秋の宮行きのバスがやってきます。これに乗っておよそ1時間、乗客は私を入れてたった三人。他の二人はすぐ降りてしまいまして、後は貸し切り状態です。私の運賃が1050円でしたから売り上げは1500円ぐらいでしょうか、ガソリン代にもなりませんで羽後交通さんもなかなかたいへんです。
バス停から宿へは5分ほどですが、途中行きちがった地元の人に「おばんです」と声を掛けられました。地方の言葉ってあたたかく本当にいいものです。
夏は5時に起きて山登りで過ごしましたが、今回は雪もふっていますし、明くる日は一歩も外へ出ないで温泉づけの一日でした。

雪の新五郎湯
21日、11時に羽後町の方が迎えに来てくださいまして、昼食は地元の羽後町のおそば屋さん「彦三(ひこさ)」さんへ行きました。羽後町の盆踊りでは、笠をかぶるか、または彦三頭巾をかぶって踊るそうで、その頭巾からとった名前です。そばは真に美味でした。この日は、五輪坂温泉「としとらんど」へ宿泊です。町の第三セクターの経営で面白いネーミングをしたもので、地元の人でにぎわっています。翌日はここが落語の会場です。地元のお年寄りの皆さん百人ほどを前に口演。お婆さん落語で笑って頂きました。およそ1時間のおしゃべりをしたあと、おみやげをたくさん頂いて、特にどぶろく一升は有り難かったです。真に美味。すぐ飲んでしまいました。

緑と踊りと雪の町・羽後町の「彦三」さんの
客間に大きな仏壇がありました
今年の初山
香川の五色台と城山(きやま)温泉・・・・・
1月23日、東京10時発の寝台特急「サンライズ瀬戸」に乗り、翌朝香川の鴨川駅には7時半に着きました。10分ほど歩くと城山温泉です。宿に荷物を預けてさっそく五色台登山です。風は強く、時々粉雪が舞う寒い日でしたが、3時間ほど歩いてあとは温泉へ。山の中腹にある一軒宿でなんと大衆演劇の一座が出演中です。日帰りの客が多い、ヘルスセンターのような温泉です。舞台も客席もきれいで一階席と二階席があります。久しぶりの芝居見物でしたが、病気がちのおっ母さん役の役者が渋くていい芝居をしてました。中にうまい人がいると芝居がしまります。山登りと芝居とお湯ののん気な一日でした。明くる日、近くの国分寺町で一時間のおしゃべりでした。

城山温泉から眺めた五色台

城山温泉の夜明け
次回の旅日記・・・・・・・・・・・・
2月の頭に、松江そして青森と寒い地方を旅してきました。そして名湯に巡り合うことが出来ました。次回の旅日記をお楽しみに!
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<今日の出し物>
「廿十四孝」と
ネタ卸しの「首ったけ」です!
投稿者 webmaster : 22:04 | コメント (0)
2008年01月22日
旅日記 その83 −物見湯山ー
明けましておめでとうございます・・・・・・・・・・・・
新年早々に奥の手を使って給油新法を再可決。只で外国に油をあげて国際貢献だと浮かれているより、国民にガソリンと石油を回してくれたほうが良さそうなものです。
さて、昨年は364席でした。元旦に休んで後は毎日一席づつしゃべった勘定です。山は31山(奥多摩の春雨山荘を昨年1月に閉じましたので数が減りました。)お湯の方は90湯(なんともあきれたものです。ふやけてしましました。)
弟子が二人となりました。八百夜もしばらく一門会としてやってみるつもりです。よろしくお願い申し上げます。
高知〜京都〜北陸〜房総・・・・・・・・・・
金閣寺
たくさんの観光客
11月17日、またまた寝台特急・サンライズ瀬戸に乗りました。早朝に岡山で乗換え、土佐の高知に着いたのが9時47分です。迎えの車で室戸市へ行きました。高知はずいぶん来ていますが、室戸へ行くのは初めてです。室戸岬を眺めて、灯台の近くにある最御崎寺(ほつみさきじ)へ。札所の24番です。
大ぜいのお遍路さんですが、大半は観光と言った感じです。
最御崎寺(ほつみさきじ)門前で
アイスクリンの味見です
この門前でアイスクリンを売っていました。高知では名物だそうで早い話がアイスキャンデーのシャーベット状になっているものです。アイスクリームとはちがうので、アイスクリン。登り旗に「1×1=1」。何の事かと思いましたら、1とは安さ×うまさ、そして信用だそうです。アイスクリームよりさっぱりとした甘さで150円はお得でした。
落語は羽根公民館でお婆さん物の「金紺旅行」と「転失気」の二席で、およそ50分。この日は高知のスーパーホテル高知へ泊りました。なんと掛け流し温泉つきで、かなりぬるっとしています。4980円で夢気分にひたれました。
翌朝は、6時の特急に乗って京都へ行きました。がらにもなく京都見物としゃれてみました。まずバスで金閣寺へ。紅葉の季節ですから大勢の観光客です。外国の観光客の方も多くいました。
この後、歩いて石庭の竜安寺へ。石庭はいつ見てもその良さがわかりません。只の目に、何、石山の秋の月といったところでしょうか。そこから仁和寺へ。ここの庭が一番いいと思いました。
仁和寺
京都で6時間ほど過ごした後、北陸の小松へ行きました。JA小松市の集いで300人ほどのお客様を前に1時間のおしゃべりでした。
終演後はまた寝台に乗って上野に早朝6時19分に着きました。ここから鴨川市の小湊温泉「吉夢」へ。温泉三昧。3日間のんびりと過ごしました。
太平洋の荒波を眺め、瀬戸内の海を見て、日本海へ、そして外房の海へたどりつきました。車中二泊、宿四泊、都合六泊七日の旅でした。
年の瀬のみちのく北上・・・・・・・・・・・・
12月10日、最寄の藤の牛島駅、6時41分の電車に乗って会津の湯野上温泉には10時16分に着きました。茅葺きの駅舎でいろりにはまきがくべられていて、ほわっと温かくとてもいい感じです。ここでいつものようにコーヒーを頼みました。本格的なコーヒーで水もいいですから真に美味。一杯300円でお菓子がついて、これまたお得です。一服したあと、歩きで岩瀬湯元温泉へ向かいました。お天気は良し、あたりの山々を眺めながらの歩きは爽快です。ここらは、あまり植林してありませんで、葉っぱの落ちた冬枯れの景色もいいものです。2時間10分かかって宿の「分家」さんに着きました。山間の小さな集落で、
四軒あった宿も、今は二軒だけだそうです。明治始めの茅葺きの建物は風情があります。お湯もさらっとして、もちろん掛け流しです。
分家さんの茅葺き屋根
分家さんの窓から
翌朝は、また歩いて駅へ。今日はとなりの芦ノ牧温泉で仕事です。丸峰観光ホテルは、もう4〜5回来ています。この日はここへ泊って、次の日は秋田へ向かいました。
会津若松から郡山へ出て、新幹線で秋田へ、そこから羽後岩谷の駅には3時23分着です。一軒宿の三六(みろく)温泉泊り。あくる日、おしゃべりをして帰ってきました。
芦ノ牧温泉の美人駅長さんとここの主の猫
年末年始は下呂の赤かぶさんで・・・・・・・・・・・・
暮れの28日、下呂の赤かぶさんへ行きました。29・30日と山登りを予定していましたが、雷で中止。酒を飲んで湯に入ってぼーっと過ごした年末でした。大晦日、元旦と新春寄席を務め、東京の寄席は2日から出演しました。池袋と新宿、2件掛け持ちでした。
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<今日の出し物>
八問答 風子
出来心 雷太
錦名竹 雷蔵
ー中入りー
山崎屋 雷蔵
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2007年12月13日
旅日記 その82 −物見湯山ー
福島の紅葉見物・・・・・・・・・・・・
先月、また福島へ行きました。6日早朝に家を出て、会津坂下(ばんげ)町へ。もうすっかり紅葉も里へ降りて来ています。会場近くの洲走温泉(古風な建物の一軒宿)で入浴。43度と少し熱めですが加温のみのかけ流しで、湯もぬるっとしています。蛇口からの湯・水とも源泉のうれしい宿です。一時間ほどして300円とはお得です。

鄙びた風情の洲走温泉
JA会津みどりの高齢者交通安全教室で一席おしゃべり、その後その後湯野上温泉の河原の露天(源泉掛け流しで無料です)へ入りに行きました。渓谷の紅葉を眺めながらの風流な一時でしたが、なんと、野生の猿が入っていたのにはたまげました。

河原の露天に野生の猿(?)が入っていました
権現山と畦が丸登山・・・・・・・・・・・・
翌7日は神奈川県の山北町へ。丹沢山塊の西のほうにある町でおとなりはもう静岡です。畦が丸という山に登ろうと登山口へ行きましたら、沢山の車がとまっていて、何でも鹿の駆除のため。ハンターが30人ほど山に入っているとの事で中止しました。シカとハナシカを間違えて撃たれては大変とおとなりの権現山へ登りました。登山口から往復して3時間20分。下山後は、今日の宿、中川温泉で汗を流しました。翌朝、早起きして畦が丸へ登りました。途中三頭の鹿に会いました。ハンターの餌食にならなかったようですが、鹿もふえすぎては困ったものです。噺家のふえすぎも困ります。昼過ぎから宿で一席おしゃべりして来ました。

山北町の二千年の大杉
再訪の奥小歩危温泉・・・・・・・・・・・・
寝台特急で岡山へ、ここで乗り継いで徳島の大歩危駅へ着いたのが11日の朝です。仕度をして足ったのが九時5分でした。
目指すは夏に行った奥小歩危温泉です。前と同じ美馬峠超えの林道歩きです。8月の時は炎天下、大きなリュックで靴も夏のレジャー用でしてすぐずっこけそうになります。おまけに沢をひとつ間違えて、5時間40分もかかってしまいました。今回は荷物は駅に預けて小さなリュック一つ、靴もはきなれたスニーカーで、かなり楽でした。美馬峠を越え白川谷に入ったところで紅葉を眺めながらウメッシュで祝杯をあげました。その後猪の親子連れ(六頭ぐらいです)に会いました。子供を守るためか逃げていってしまいましたが、一頭ならば向かってきたかもしれません。その後は何もなく宿に着いたのが1時ちょうどで、3時間55分かかりました。浴室の窓をいっぱいに開けて対岸の紅葉をながめてのんびりと。前に泳いだ川の水も冷たそうです。

白川谷の紅葉

宿近くにアジサイが咲いていました。後は紅葉。
どうなっているんでしょうか?
翌日は、朝起きて、風呂へ入ってからお酒を2本、飯を食って寝て、起きてまた風呂へ。お昼頃出発しました。帰りは白川谷を下って小歩危へ出て大歩危駅へ。3時間6分の歩きでした。高松へ着いて酒を飲んで寝ちまいました。
明くる朝、琴電に乗り白山駅へ。うっかりしていましたが、10年ほど前に登ったこ白山の前にある駅でした。束讃富士と呼ばれる美しい山で麓に白山神社があり、何とここの社務所が会場でした。JA香川三木町女性部の集いで50分しゃべってきました。毎度の事ながら、仕事に行ったのか遊びに行ったのか分からないような、楽しい旅でした。

白山(左)と社務所
ラジオ放送・・・・・・・・・・・
NHKラジオ「真打競演」の放送日が12月18日から正月の8日(火曜日)、夜9時5分からと変更になりました。
追悼・・・・・・・・・・・・・
八百夜のご常連でありました俳優の草薙幸二郎先生が亡くなられました。この正月に、信州の小川村へ先生の芝居を見に行きましたが、とても楽しいお芝居でした。その後体調を悪くされ闘病中でしたが…、残念でした。本当に存在感のある役者でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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2007年11月05日
旅日記 その81 −物見湯山ー
和尚山と沼尻温泉(福島)・・・・・・・・・・・・
10月中旬、会津の紅葉見物に出掛けました。宿はお気に入りの沼尻温泉。弱酸性の硫黄泉で、肌がピリピリして酸っぱいお湯です。平日とあって風呂は貸切り状態。水をジャージャー出しっぱなしにしてなが〜く入っていました。山は安達太良山塊の和尚山へ登りました。銚子ヶ滝登山口から登りますと、山の上の方は紅葉が始まっています。オオカメノキの赤い実をたくさんとって果実酒をこしらえました。ワインレッドのいい色になります。5時間45分の山登りでした。

お銚子の形をしているので銚子ヶ滝だそうです
帰りには大内宿へ寄りました。バスが何台もあって大勢の人がゾロゾロ歩いています。つき当たりのソバ屋で一杯。大内宿を一望できる所で、元は見張り場とのことでした。

大内宿のそば屋にて
「辻占」「猫の災難」
NHKラジオ「真打競演」・・・・・・・・・・・・
北海道の新十津川町へ参りました。ラジオの公開録音です。新千歳空港から車で一時間半ほどの北海道の真ん中辺りです。奈良県の十津川村から大勢移ってきて開いた町だそうです。「お見立て」を一席。放送は12月18日夜の9時からの予定です。
「週刊文春に」・・・・・・・・・・・・
文春の取材を受けました。11月8日に発売される週刊文春をご覧下さい。本屋の立ち読みでいいです。おみやげに虎屋の羊かんをもらいましたが、赤福の方が良かった。(?)
島根〜静岡〜岐阜〜名古屋・・・・・・・・・・・・
10月下旬、5泊6日の旅をしました。22日、夜10時の寝台「サンライズ出雲」に乗車。翌朝、姫路あたりでは、まだ真っ暗でしたが、そのうちに夜が明けてきて、あたりの山々がポッカリと浮かんできます。まるで墨絵の世界です。岡山には6時半着。ここから伯備線に入ります。山々もまだ紅葉には早く、根雨の駅を過ぎた頃やっと大山が顔を出しました。いつ見てもいい眺めです。出雲には10時着で快速に乗り紅津へ。ここで三江線に乗りますが、なんと1日に5本だけで1時間半の待ち時間があります。駅近くの寿司屋へ入り、近海物の刺身定食でお酒を三合。食べきれないほどの量でご飯の残りをにぎってもらい、味噌汁を飲んでお腹いっぱいです。これで2400円とは食べ得でした。三紅線で1時間ほどで因原着です。車で30分ほどでこの日の宿「いこいの村島根」へ。長旅で疲れたものか、風呂に入って2時間昼寝。夜、また酒を飲んでこの日はおしまい。
翌日は巴南町矢上公民館で一席。終わってから2時間ほど電車がなく、山陰本線の太田市駅まで車で送って頂きました。途中ちょこちょこ寄り道して下さって、断魚渓は見事です。ここに温泉が一軒あり、休業中とのことで残念でした。石見銀山にも寄りました。山間の鄙びた集落に人がどっと押し寄せてきています。地元の人には迷惑な話だろうと思います。穴の中を見学するほどの時間もなく五百羅漢をお参りしただけでした。

断魚渓、正に魚も通れない程の険しい渓谷

銀山内でなくなった人を弔うところです
静岡へ着いたのが9時頃で金山さんが迎えてくださり、いつもお世話になる「寿限無」さんでご馳走になりました。
25日は、お城の中に建つ市民会館で、高校生を前に、人情噺「浜野矩随」を口演。終演後は金山さんと駿河湾を見おろす徳川温泉へ。その後いつもの「寿司鉄」さんでご馳走になりました。
26日は岐阜へ。お世話になっています田口社長のお友達、古田さんの存所、山形市岩佐で口演。回りを低い山に囲まれている小さな盆地です。この田んぼの中にポツンと建つ多目的ホール、天井が吹き抜けの立派な会場で、「猿後家」と「強情灸」を二席。打上げでは鮎のなれ寿司。酒のつまみに最高でした。

山形市岩佐の朝 山形市の打上げ
私の隣が田口社長・女性の隣が古田さん
27日は名古屋での口演。中川法人会、明徳支部の集まりで、「金婚旅行」と「強情灸」を。体もバテバテで打上げでは大好きなお酒もうけつけず、失礼してしまいました。仕事疲れよりも酒疲れでした。酒も程々と悟った旅でした。
今夜の出し物は…「辻占」と 「猫の災難」です。
ー「雷蔵八百夜」261夜は12月3日月曜日ー
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春雨や雷太 「つる」
橘ノ 圓満 「孝行糖」
春雨や雷蔵 「狂歌家主」
−中入りー
春雨や雷蔵 「三井の大黒」
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お江戸日本橋亭にて6時40分開演です。
投稿者 webmaster : 00:37 | コメント (0)
2007年10月08日
旅日記 その80 −物見湯山ー
「ばんや」と「白岩温泉」房総の旅・・・・・・・・・・・・
暑い暑い夏でした。あっという間に40度を越して、近いうちに45度やら50度なんて事になるかもしれません。私も8月の頭に奥小歩危温泉で山登りに張切り過ぎて夏バテになってしまいました。そんな訳でお盆はのんびりと過ごす事にしました。15日は友人の小林の別荘ある山武市へ。回りは畑で夜ともなるとまっくらです。何十年ぶりかで花火をやりましたが、近頃の線香花火は一頃に比べてだいぶ長持ちするようになりました。

山武市での線香花火
夜になっても風もなく扇風機をつけっぱなしで、明け方には地震で飛び起きました。朝6時半に出発して鋸南町保田漁港組合のばんやへ行きました。漁協の直営で9時半の開店ですが、すでにお客がたくさんいます。安くてうまくて文句のつけようがない食事処です。いかの刺身は3人前ほどの量があります。2時間もしないで売り切れとなっていました。いか天丼は4人で食べてちょうどいい量です。朝からの酒盛りでその後は白岩温泉へ。日蓮の修行した清澄寺と七里川温泉の間の一軒宿です。少し硫黄のにおいがするお湯でした。ここの食堂に自衛隊のカレンダーが掛かっていました。安部さんが見たら大喜びするでしょう。

ばんやで小林夫妻と
白岩温泉のカレンダー
「花山温泉」・・・・・・・・・・・・
17日、お気に入りの和歌山市鳴神にある花山温泉へ行きました。以前にも紹介している温泉です。せっかくですので、12時には宿へ着いて一日中のんびりと温泉三昧です。翌日はJA和歌山紀の里でおしゃべり。おみやげに梨を頂きました。
「伊香保温泉」と「栗斗温泉」・・・・・・・・・・・・

伊香保から見た赤城山
20日、群馬の伊香保温泉のホテル小暮へ。曹洞宗の幼稚園の先生方の集まりで1時間のおしゃべりです。3年前に来た時は、ちょうど週間ポストでたたかれていました。当時と比べて掛け流しの部分が大きくなりました。当たり前ではありますが良いことです。
9月5日は千葉の小湊温泉「吉夢」へ。JA山梨の皆さんの前で1時間の独演会です。5・6日と泊めていただき、昼間は鴨川の栗斗温泉へ入りに行きました。鴨川駅から歩いて1時間程のところにあり、よくあたたまるお湯でした。台風が接近中で海は大荒れですが、こちらはのん気に温泉づけの一日でした。

栗斗温泉近くで見つけた雨ガエルの赤ん坊

大荒れの小湊温泉
今夜の出し物は…長講一席今夜が初演(ネタ卸し)の「三軒長屋」です。
ー「雷蔵八百夜」260夜は11月1日木曜日ー
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春雨や雷太 「四人ぐせ」
三笑亭夢吉 「猫の皿」
春雨や雷蔵 「辻占」
−中入りー
春雨や雷蔵 「猫の災難」
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お江戸日本橋亭にて6時40分開演です。
投稿者 webmaster : 23:22 | コメント (0)
2007年09月11日
旅日記 その79 −物見湯山ー
新五郎湯と高松〜山伏縦走・・・・・・・・・・・・
国の天然記念物「噴水塔」
秋ノ宮稲住温泉の記念碑 蓮池の向こうが記念碑
7月下旬、秋田の秋ノ宮温泉郷へ行きました。湯沢からバスで山の中へ入って行きますと、秋ノ宮温泉郷です。お湯があちこちにわいていてそれぞれ名前がついています。私はここの中心にある「新五郎」という湯治宿へ泊りました。三百年ほど続いている宿で、湯舟が一つと打たせ湯が二つあります。毎日お湯を抜いて湯舟を掃除しているこだわりの正に名湯です。
新五郎湯温泉
新五郎湯温泉の裏の川にスコップで掘る足湯あり

※新五郎湯のチラシより温泉の効能など
7月24日、朝5時半に宿を発って、高松岳登山口の湯ノ又温泉まで林道歩きで1時間15分。湯ノ又大滝を眺めながらこしらえてもらったおにぎりを食べて登山にかかりました。沢にそって登っていきまして、鼻こすりの急なヤセ尾根を登ると山頂です。ここらは草が生え茂っていてズボンがびっしょりです。反対側の泥湯からの道はきれいに草が刈り取られていて、どうやらこちらがメインのようです。
湯ノ又大滝
高松岳の赤トンボ 山伏岳のアジサイ
高松岳から山伏岳へ縦走して、新五郎付いたのが2時2分。8時間半の歩きでしたが、30度の気温ですから、びっしょり汗をかきました。後は温泉三昧。ここは料金も安く料理もおいしいものが適量。お湯よし、居心地よしの結構な宿でした。
高松岳(左)から虎毛山への縦走路(山伏山頂から)
山伏山頂から見た屏風尾根
翌25日は羽後町での口演です。「西馬音内」という地名があり、これで「ニシモナイ」とよむそうです。ここの郵便局で五百円貯金。山の中の林業交流施設(廃校を利用したもので、見事な立派な施設になっています)の消費者の会の集まりで、「新寿限無」と「金婚旅行」で1時間20分のおしゃべりでした。
秋田県で一番古い民家
羽後町にある350年経つ建物だそうです
羽後町にある日本一太いキササゲ
山間鄙地巡り・・・・・・・・・・・・
8月2日、久しぶりに民宿「中津屋」さんへ。
ここは秩父市のどんづまりの集落で、
秘境のムードがただよう山の中にあります。
翌日小雨まじりの天気でしたが、
南天山へ登ってきました。
南天山にて
4日の夜行寝台で、またまた徳島へ行きました。大歩危・小歩危といいますと、かなり山の中です。「ぼけ」とは谷の事だそうで、なるほど深い谷です。大又で歩くと危ないので大歩危、小又で歩いても危ないので小歩危。つまり小歩危の方が危ない訳です。5日の朝9時に大歩危駅を出発して目指すは奥小歩危温泉。
奥小歩危温泉のたたずまい
奥小歩危温泉裏に流れる白川
吉野川沿いに少し下って、藤川谷へ入っていきます。最奥の集落を過ぎ、更にどんどん登って行くと美馬峠に出ます。これを超えて少し下って右の道へ入ります。今度は白井谷を下ってやっと奥小歩危温泉に着きました。炎天下、5時間の歩きでした。途中道を間違えたり、荷物は重いし、遊びとはいえたどり着くまでは少々つらいものでした。ここは白井川沿いに建つ一軒宿で、この谷の最深の集落にあります。川の水が実にきれいで、川で泳いだ後は温泉へ。窓を明けるとアブなどが入ってきますが、白川を眺めて、のんびり湯につかって真に風流です。少し硫黄のにおいのするお湯は名湯。
塩塚高原から見た最奥の集落
展望台から塩塚峰を見て
翌6日は塩塚峰へ。ほとんど林道歩きですが、6時間半かかりました。
7日に香川で仕事をして帰ってきましたが、この強行軍がたたって、夏バテになりました。そろそろ、年を考えないといけないのでしょうか。
・・・今夜の出し物・・・
徳島を舞台にした「田能久」。そして「殿様団子」。これは金五楼作で、ネタ卸しです。
・・・次回259夜は、十月二日火曜日です・・・
雷蔵は「三軒長屋」他一席の口演。 三遊亭遊馬「化物使い」他一席、春雨や雷太 「狸の札」もお楽しみに。
投稿者 webmaster : 13:14 | コメント (0)
2007年08月10日
旅日記 その78 −物見湯山ー
梅雨の九州・四国へ上陸
「九州」・・・・・・・・・・・・
江戸文字の立川文志師匠のご尽力で九州へ行ってきました。一行は文志ご夫妻、弟子の立川談文さん、桂文生師匠、高橋竹童さん、私、そして弟子の雷太と七人の道中です。6月15日の佐賀から、別府、熊本、福岡、長崎と5拍6日の旅です。

竹瓦温泉で入浴、湯上りに
別府は昨年に続いて二回目の口演です。昼間竹瓦温泉へ入って来ました。昭和13年の建物だそうで、歌舞伎座をすこーしきたなくしたような風情で趣があります。入湯料はなんと100円(市営)ですが、タオルは250円。前のお店にはタオル130円と張り紙がしてありまして、当然前の店で買いました。お湯は少々熱め(42度くらいでしょうか)で、半身浴で1時間、いい汗をかきました。熊本への移動では、阿蘇の麓の火の山温泉で入浴。5千坪の敷地で風呂場は千坪もあります。いくつも露天があってもちろんかけ流し。雄大な景色をながめて夢気分です。土建屋の社長が道楽でやっている、そんな感じの名湯でした。熊本ではお客様の突っかけ時にどしゃぶりの雨、雷もゴロゴロと歓迎してくれました。そこで夕立の噺「宮と川」を口演。長崎では特上ちゃんぽんを食べました。ふかひれが入っていて、これほどぜいたくな物を食べるのは恐らく最初で最後だと思いました。

今は建築の許可がおりないアーケードだそうです
「四国」・・・・・・・・・・・・

高城山の参道で 高城山に咲くあじさい
6月29日、早朝に徳島を発ち、徳島線の阿波山川には6時半に着きました。駅からは1時間ほど歩いてふいご温泉へ。駅からは4Kほどですが、秘境ムードの漂う渓谷の一軒宿です。荷物を預けて高越(こうつ)山へ。徳島にあってもこうつ山で、地元では「おこーっあん」と呼ばれています。阿波富士とも呼ばれる美しい山です。裏側から登って2時間で表参道と合流。途中で二人地元の方に会いましたが、もう年金暮らしで毎日のように登っているそうです。山頂のすぐ下に高城寺という立派な寺があり、留守番の人に井戸水をご馳走になりました。ひものついたバケツを降ろして水を汲み上げます。よく冷えていてうまいのなんの、これも山の醍醐味の一つです。表参道を下山して、宿へ着いたのが1時50分。山川駅から
だと7時間20分の歩きでした。この日は徳島県の今年最高の気温とかで、中には34度のところもあったようです。暑いのも当たり前、水も一升ぐらいは飲みました。

山頂から望む吉野川 高城山頂の弘法大師
ふいご温泉は少しにおいがあって木のくずのような物が浮いています。塩素入り、しかも循環のお湯ですが、それでもちょっといいお湯です。なんでもボイラーが痛むので循環にしたそうですが、それだけ成分が濃いのでしょうか。出来れば小さい源流の湯舟もあって欲しいと思いました。泊り客は、私一人でしたが、地元の人が大ぜい入りに来て(朝の6時からやっています)愛されているお湯のようです。料理も適量、料金も安くいい宿でした。

鄙びた風情のふいご温泉 温泉近くに咲くねむの木
翌日、また徳島へ戻って、今度は牟岐線の終点海部まで行き、阿佐海岸鉄道に乗換え、宍喰(ししくい)へ。もう高知との県境です。さざなみの化石は一見の価値がありました。きれいな海岸で、夕方ちょいと水遊び。翌朝5時に起きて里山の鈴ヶ峰へ。その後、海南文化館で一席披露しました。

虫喰の化石漣痕
2億年ほどかかって出来たさざなみの化石だそうです
第 257夜 [八月一日水曜日] の出し物
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「くやみ小僧」 「死神」
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次回258夜は、九月三日月曜日です。
投稿者 webmaster : 04:27 | コメント (0)
2007年07月10日
旅日記 その77 −物見湯山ー
山開きの秋田駒ケ岳と国見温泉・・・・・・・・・・・・
昨年に続いて、今年も秋田の十五番亭へ行きました。
5月30日、朝6時に春日部を出て東北自動車道を北上、福島を過ぎた頃には車もだいぶすいてきました。盛岡で降りて秋田街道へ。岩手県雫石のはずれに「国見温泉7K」の看板があります。山道をくねくねと曲がって登っていきまして目指す国見温泉へ。ここは秋田駒ケ岳の岩手県側の登山口で、2軒の宿があります。大体予定していたように2時半に着きました。

国見温泉、森山荘の露天からの景色
この日は、森山荘に宿をとり終日温泉三昧。昼間から酒を飲み、そして温泉へ入るのくり返し(危険な行いのようですが、半身浴なので安全デス)で、「極楽!極楽!」といった気分です。露天から見えるのは山と空だけ、若葉のみずみずしさと言ったらありません。ボーっと入っているともう一つ素晴らしい物が見られました。なんとピチピチギャルが入ってきて、たいへん目のご馳走となりました。ついつい長湯をしてしまいました。
明くる日、朝からあいにくの雨で山は中止。こういう時はさっと気持ちがきりかわりまして、朝からお酒。
二軒の宿を楽しもうと思っていましたので、朝食後はとなりの石塚旅館へ移動しました。ここの露天は周りがぐるっと岩に囲まれていて広がる眺めはありませんが、正に湯治場といった風情で、この日も酒と温泉で暮れました。

第2展望台最高峰の男女岳 阿弥陀池から仰いで
6月1日は朝から晴れていよいよ駒ケ岳登山です。根曲がり竹の生い茂る登山道を一時間ほど登ると駒ケ岳の雄大な景色が見えてきまして、ここからはショウジョウバカマやミヤマキンバイなどの高山植物があちこちに咲き乱れています。この日はちょうど山開きの日で大勢人が登ってきます。帰りは根曲がり竹をとりながらの下山で、この竹の子を皮付きのまま焼いて喰うとうまいです。帰りに寄った雫石の道の駅の温泉、橋場温泉は穴場です。

駒ケ岳の根曲がり竹
第二回「十五番亭寄席」・・・・・・・・・・・・
6月2日、五城目町の朝市へ立ち寄りました。地元の山菜に野菜や魚の店がたくさん出ていて、中には骨董屋さんも店を開いています。

五城目町の朝市 2・5・7・0のつく日に開かれます
落語の「道具屋」のようであまりいい物はなくゴミ(失敬)ばかり。子持魚鯟の糠づけを買いました。三匹500円、だいぶしょっぱいので一匹で三食分ぐらいです。
ずうーっと遊び呆けていましたが、ここからが寄席本番です。昼席は2時から「道灌」「人形会」「お見立て」の三席を口演。夜は7時より「お見立て」「湯屋番」を口演。十五番亭主の一人である小玉しおさんのお陰でいい旅が出来ました。

十五番亭(15はかつての電話番号)=小玉邸
しおさん制作の頂いたTシャツを着て玄関前で
第 256夜 [七月五日木曜日] の出し物
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「あばた小僧」 「へっつい幽霊」
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次回257夜は、八月一日水曜日です。
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「くやみ小僧」をネタ卸し致します!
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投稿者 webmaster : 00:19 | コメント (0)
2007年06月24日
旅日記 その76 −物見湯山ー
会津・湯野上温泉から石巻・・・・・・・・・・・・

湯野上温泉駅舎の囲炉裏
宮城県の石巻へ行きました。この近くには温泉はなし、登りたい山もありませんので、いろいろ考えて会津から石巻へ向かうことにしました。先回の八百夜の後、我が家へ帰って寝たのが深夜0時です。翌、5月11日は朝5時に起きました。普段なら絶対にこんな事はありえないのですが、遊びとなると話は別です。春日部発6時54分の快速に乗り、東武鉄道、野岩鉄道、そして会津鉄道と乗り継いで会津の湯野上温泉駅には10時16分に着きました。萱ぶき屋根の駅舎には囲炉裏があり、太いまきが燃えています。コーヒーを注文しましたがなかなか出てきません。20分もたった頃でてきたコーヒーの美味いこと。良い水で入れたコーヒーは真に美味。囲炉裏端で飲むのがまた最高です。ぶらぶら歩いて旅館「新湯」へ。11時から翌日3時までのロングコースで一泊四食つきです。曇り空で風もあり、明日は晴れるとの予報ですから、山登りは明日と決めてこの日は温泉三昧。渓谷沿いにある露天風呂はそれは見事。まばゆいばかりの新緑にすっぽりと埋まってしまいそうです。少し女性タイムがありますが、露天の混浴風呂はかけ流し、内湯もかけ流しです。夕食の膳に「エゴ」がのっています。海草でこしらえた寒天みたいなもので、エゴを初めて食べたのは信州の小川村でです。冠婚葬祭には必ず出るご馳走で、山深い会津にもこれがあったのは驚きとともに感激でした。お酒はビール一本とお銚子3本と適量です。名前は忘れましたが「○春」という会津の酒。辛口でうまかったです。

小野嶽を振り仰いで新湯から 新湯の露天風呂
明くる朝はまた5時に起き、こしらえてもらったおにぎり三つとゆで卵を持って、5時15分に宿を出発して小野嶽へ。新緑の上、この山は植林の少ないの山なのでいい心持ちです。ふきのとうがだいぶ伸びていて正に「とう」がたっていましたが、まだ若いのを六つほどつまんで帰りました。広い山頂からは、すぐ前に大戸嶽がでーんとそびえ、会津盆地のたんぼもも見渡せます。9時55分に宿に帰り4時間40分の登山でした。また露天に行って時間まではぼんやり。その後1時57分の電車で会津若松へ。それから郡山、仙台と出て仙石線の快速に乗り松島をぼんやり眺め、石巻にはちょうど午後7時に着きました。プロダクションの人と合流し近くの居酒屋へ行きました。海の幸をいっぱい食べ、中でもおこぜの刺身は初めてで大感激。さんざん飲んで食べて二人でなんと6500円。安くてうまくて、石巻はいい所です。
翌日は午前中に一席やって帰ってきました。

小野嶽登山で出会った山野草
山武市の別荘と九十九里・・・・・・・・・・・・
5月14日、千葉県山武市にある友人小林夫婦の別荘へ遊びに行きました。車で春日部を9時半に出て一般道だけを通っても12時半には着きました。小高い丘の上にぽつんと二軒家があり、周りは畑で所々に林があります。聴こえてくるのは鶯と雉の鳴き声だけ、なんとものどかな所です。風呂に入ったり、本を読んだり昼寝をしたり、小林夫婦の到着を待ちます。5時過ぎに仕事を終えた二人が到着し酒盛りが始まり、ゆっくり楽しみながらいい心持ちに酔いました。蛙の声を子守唄に寝るのはいいものです。
翌日は、目的の温泉までを少し回り道して九十九里へ行きました。さすがは九十九里と言うだけあって、長い長い砂浜が続いていて海もきれいです。ハマヒルガオが咲き乱れていました。

小林夫妻と九十九里で

ハマヒルガオ満開!

しばし砂浜歩き
第 255夜 [六月十一日月曜日] の出し物
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「六尺棒」 「大山詣り」
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次回256夜は、七月五日木曜日です。
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「あばた小僧」をネタ卸し致します!
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投稿者 webmaster : 17:25 | コメント (0)
2007年05月18日
旅日記 その75 −物見湯山ー
倉橋島・鹿島・・・・・・・・・・・・

鹿島の港から望む段々畑
瀬戸内に浮かぶ倉橋島と鹿島へ行きました。広島県の最南端で、もうすぐ愛媛という島です。本州とは橋でつながっていますが、呉駅から鹿島へは車で1時間半もかかりました。ここまで来ると自然がいっぱい、これぞ本物の瀬戸内海です。
倉橋のはづれに鹿老渡(かろうと)という集落があり、ここから年とった鹿が泳いで鹿島へ渡ったところからついた地名だそうです。
呉からのバスもここが終点で鹿島へはバスがありません。
鹿島はあいにくの雨でしたが、お年寄りが50人ほど聴きに来て下さいました。もっとも晴れていれば、皆さん畑へ出てしまうそうで、思わず雨に感謝です。私が鹿島へ来た落語家の第一号となりました。この鹿島で一席、夜は倉橋で高座を務めました。翌日は呉市内の清光園という老人ホームで、「道灌」と「お見立て」を披露。
20日は、早朝に呉を発ち、広島からバスに1時間も乗ると、山また山の山の中です。
広島市最高峰の東郷山へ。泊りは湯ノ山温泉です。ここは安芸のお殿様の湯治場だったそうで、今でもその建物があります。源泉の打たせ湯は、22.5度でほとんど水です。これに打たれて、寒くなったら加温したお湯の入ってあたたまります。これをくり返して血行が良くなるようです。宿が2軒で私は森井旅館に泊りました。静かなところで、昼は鶯や雉の、夜はかえるの鳴き声しか聞こえません。

湯ノ山温泉 上にあるのがお殿様の湯治場
岐阜巡業・・・・・・・・・・・

やまでら寄席の打ち上げで、妙感寺の和尚、
隣が赤かぶさん、左右が喫茶店「ふう」のご夫婦
21日からは今年で17回目となりました岐阜巡業です。まず春日井の「儘舎(ままや)さん」からスタートです。
「品川心中」・「湯屋番」ー儘舎
22日、昼は恵那市山岡町の林昌寺さんです。
「お見立て」・「井戸の茶碗」−林昌寺
夜は犬山のやまでら寄席に出演。
「お見立て」・「湯屋番」−妙感寺
23日、いったん東京へ帰って厚木市文化会館へ。
JA厚木厚木市女性部の集いで「金婚旅行」と「道灌」をおしゃべり。終演後は我が家へ。
24日、再び岐阜へ戻って、釜戸の天献寺寄席へ。
「お見立て」・「湯屋番」ー天献寺
25日は多治見のスペース大原さんでの口演です。
「妾馬」・「品川心中」ースペース大原
26日は空き日で、水野さん(スペース大原さんのお兄さん)の案内で富士見台へ登って、付知の倉屋温泉へ。かけ流しのいいお湯でした。
27日、林昌寺の和尚の車で、神戸の宅原寺さんへ。昼食に神戸牛のステーキをご馳走になり、今年の初物で大感激。赤虎目の数珠を頂きました。
「お見立て」・「湯屋番」ー宅原寺
赤城山と赤城温泉・・・・・・・・・・・

「総本家」の露天風呂 風呂場の計り 内風呂の内部
28日、帰ってきまして、29日は群馬の長善寺さんの観音講での一席です。終演後、赤城山中の赤城温泉「総本家」へ。3回目ですが、ぬる目のお湯が気に入ってます。今年は芽吹きがおそいようです。
翌30日は赤城山の最高峰、黒桧山へ登りました。
18日から30日までの旅で、二十席・四山・六湯の想いでの旅となりました。

黒桧山山頂で
第 254夜 [五月十日木曜日] の出し物
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「人形買」 「湯屋番」
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次回255夜は、六月十一日月曜日です。
投稿者 webmaster : 16:55 | コメント (0)
2007年04月10日
旅日記 その74 −物見湯山ー
百名山の一つ筑波山・・・・・・・・・・・・
我が家近くの土手へ上がりますと、晴れた日には東に筑波山が見えます。ここから50k、車で2時間ほどです。3月12日筑波山へ登りました。
「西の富士、東の筑波」と万葉の昔から歌にも歌われている、姿の美しい山です。「がまの油」でおなじみで、おみやげ屋の店先には、たくさんの置物のがまがいますが、山中で本物を見た事はありません。もっとも、グロテスクな姿で動きものろく、あまり逢いたいとも思いませんが…。

神社境内の大銀杏 女岳の山頂で
まず、筑波神社にお参りして、ケーブルカーの脇を登っていきます。山頂(双耳峰で男体山と女体山があり、その鞍部が広場になっています)は大勢の人です。平日ですがさすが名山、にぎやかなものです。茶店で甘酒を飲んでから最高峰の女体山(876m)へ。今回で3回目ですが、いまだに男体山へは登っていません。女体山からの360度の大パノラマは圧巻です。
しばらく景色を楽しんでから、裏手の岩場のコースを下ります。大仏様のお顔によく似た大仏石を通って、母の胎内巡りでは3回も頭をい岩にぶつけて、なんだか母親にしかられているようでした。(おふくろは今年、89歳になりますが、まだまだ元気で、いまだに小言を言われます。)弁慶七戻石をくぐり抜けて神社へ戻ってきました。およそ3時間半の登山でした。
まるで大仏のような大仏岩
胎内巡り
水郡線と猫啼温泉・・・・・・・・・・・・
3月25・26日と福島の農協での口演がありました。郡山から水郡線(のどかな景色のローカル線で、各駅停車の電車だけです)で、いわき石川へ。JAあぶくま石川の女性部の交通安全教室での一席です。この日はここの猫啼温泉、井筒屋さんに泊りました。宿の前の今出川沿いに桜並木がありますが、まだつぼみもかたく、4月の10日頃に開花するそうです。料理は適量で、朝食も少しずつたくさんの器が並んで真に美味。これで7500円はお得です(旧館に泊りました)。夕食後露天に行きますと、先客が一人いて、夜間にヤカン頭のおじいさんがお湯に入っていました。「いいお湯だ、いいお湯だ!」と盛んに感心しています。このように喜んで入れば温泉の効能も高まるでしょう。尚、このお湯は痔にいいそうです。明くる日は、白河農協での一席でした。

猫啼温泉の露天風呂

内湯の壁画

宿の晩飯
第 253夜 [四月九日月曜日] の出し物
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「長命」 「短命」という噺ですが、帳面には
縁起をかついで「長命」と書きます。
「井戸の茶碗」 これは講釈ネタで、覚えた
ての一席です。
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次回254夜は、五月十日木曜日です。
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2007年03月09日
旅日記 その73 −物見湯山ー
早春の房総半島と北海道・・・・・・・・・・・・
2月4日外房の小湊温泉・吉夢(今年、もう4回目です)へ参りました。ぽかぽか陽気でした。終日海の見える露天風呂で過ごしました。尚、宿の女将さんから外房の絵地図を頂きましたが、山中の一軒宿も書いてある地図で、我が家に飾りました。

房総の絵地図
6日は北海道の洞爺湖温泉へ。この日から札幌の雪祭が始まりましたが、あまり雪もなく、会場の氷が溶けだしている始末だそうです。千歳から室蘭本線で洞爺まで行き、ここからタクシーで温泉まで。道には雪もなく、あっという間にパークホテル天翔へ着きました。JA北海道の女性部50周年記念での一席です。終演後の懇親会で珍しい焼酎を飲みました。さつま芋の焼酎でなく、北海道らしいじゃがいも焼酎です。生で飲むとじゃがいもの香りがして、少し飲みづらいですが、お湯割りにすると飲みやすくなります。8時頃、部屋へ戻ると雪が降っていてそのうちに花火の打上げです。一昨年、ここで夏の花火見学をしましたが、雪と花火のコントラストも、見事なものでした。
2月18日外房への物見湯山です。今回はまったくの遊びの旅ですが、あいにくの雨(東京マラソンの日)です。6時に我が家を車で出発して、10時半には鴨川へ着きました。まだ雨が上がらず、山は中止して宿の曽呂温泉(昨年の秋にも入りました)へ直行、またまた温泉三昧です。湯・水と二つの蛇口があり、湯は加温したもの水は源泉ですから、いくらうめても百パーセントの温泉で、もちろんかけ流しです。少し黒っぽくつるつるしたはだざわりは真に結構。翌朝、お湯に入っていると鶯の鳴き声が聞こえてきまして、宿の人に聞きましたら、初鳴きだそうで、真に鄙びた山里の名湯です。

鳥場山、第三展望台からの眺め

花嫁街道でシイの巨木が岩を抱き込んだ経文石
この日は花嫁街道を歩いて鳥羽山登山です。昔花嫁が歩いて嫁入りした道で、下山は花むこコースを歩いて3時間40分、人気の山だというのもなるほどとうなづけます。帰りに七里川温泉へ。ここも名湯で次回ぜひ一泊してみたいものです。

外房の菜の花畑

七里川温泉 いろりで魚を焼いて一杯
湯田温泉と女将劇場・・・・・・・・・・・・
2月23日、山口県の湯田温泉へ11年振りに行きました。新山口線で六ツ目が湯田温泉。ぶらぶら歩いて街中の小川(きれいな水です)の脇を通って10分ほどでH田中です。JA山口美弥のふれあい保養講座での一席でして終演後はすぐに中浴場へ。ここはかけ流しで、くせのないさらっとしたお湯でのんびりと。夕食はふぐ刺し、ふぐ鍋、ふぐの天ぷらとおいしい料理が適量で、一泊二食つき7500円はお徳です。

ホテル常盤の女将さん
ここの向かいにH常盤があり、女将劇場という看板が立っていました。入場無料だそうで、只より安いものはないと出掛けました。ここの泊り客がほとんどですが、外からのお客もちらほらといて、私もその一人です。ホテルの女将さんを中心としたバラエティーショーで、和太鼓から始まって、マジックあり、歌あり、踊りありで女将さんはほとんど出ずっぱりです。亡くなった関西の漫才師の今喜太代さんタッチで、愛嬌たっぷりの芸でお客様はゲラゲラ大笑いです。脇役の人も素晴らしくそれがいっそう主役を引き立てています。あっという間の1時間半、実に楽しかったです。年末年始の二日だけお休みで、毎日やっている
そうです。終演後、余韻に引きづられて、前のやきとり屋で飲み直しをしていい心持ちに酔いました。








第 252夜 [三月六日火曜日] の出し物
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「元犬」 「お見立て」
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次回253夜は、四月九日月曜日です。
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2007年02月09日
旅日記 その72 −物見湯山ー
下呂の正月・・・・・・・・・・・・
下呂の芝居小屋 初春のお芝居
大晦日、赤かぶさんへ行きました。新春寄席、3年ぶりの出演でして、その間に萩原町から下呂市と名前を変えました。新住所は下呂市萩原町上呂です。年末から新年3日まで、4日間の独演会です。昼間は何もすることがなく、温泉へ行ったり芝居を観たりで凄します。なじみのお客様が多く、終演後はいろりを囲んでの歓談でついつい酒が進んでしまいます。いろりって実にいいものです。また元旦には、なんと東京から山中コーチャンが泊りに来てくれました。
終演後のいろりで
私の隣がコーチャンと赤かぶさん
4日は待望の山登りです。去年の秋にも登った仏ヶ尾山へ初登りです。暖冬で、山にもほとんど雪がありません。おだやかな下呂の正月を過ごしました。
仏ヶ尾の雫乞い岩から見た御岳山
小川村の芝居見物・・・・・・・・・・・・
5日、下呂からバスで中津川へ、そこから長野へ出て、小川村へ参りました。ずうずうしくも、正月早々、小川さんのお宅へ泊めて頂きました。近所の中沢さん、萓津さん、そしてとなりの中条村の酒井さんにもお声を掛けて下さり、楽しい一夜を過ごす事が出来ました。翌6日、ここで草薙先生演出のお芝居があります。朝からの雪で、(人の事ではありますが)お客様の入りが心配でした。それでも大入りの大盛況で、楽しい時代劇でした。
温泉十三湯・・・・・・・・・・・・
かけ流しの露天風呂
下島温泉ひめしゃがの湯
1月は温泉の月で、
なんと十三湯を数えました。
一番は下呂温泉の河原の露天風呂です。
お湯は良し、二つに仕切ってあって
温めと熱めに分かれています。
おまけに只ですから最高のお湯です。
第 251夜 [二月七日水曜日] の出し物
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「権兵衛狐」 春雨や雷太
「たらちね」 三遊亭遊馬
「ねぎまの殿様」 春雨や雷蔵
ー中入りー
「厩火事」 三遊亭遊馬
「品川心中」 春雨や雷蔵
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次回252夜は、三月六日火曜日です。
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2007年01月17日
旅日記 その71 ー物見湯山ー
2007年1月11日
みな様おめでとうございます。今年は250夜からスタートします。
どうぞ本年もよろしくお願い致します。
尚、昨年は四百十席・四十六山・七十一湯でした。
信州横谷温泉→名古屋→松江→出雲の湯・・・・・・・・・・・・
11月26・27日と信州横谷温泉へ連泊しました。そして、なんと30日にも行きました。JA共済連の仕事です。
中央線の茅野駅からバスで30分ほど、八ヶ岳連邦の中腹にある蓼科高原から横谷峡に入ってすぐの一軒宿です。渓谷沿いに露天風呂がありまして、その一つはかけ流しのお湯です。紅葉も終わって冬支度を始めた樹々を眺めて、川音を聴きながらの露天は風流なもんです。私好みのぬる目の湯で、鉄分も塩分もあり濁っています。
毎夜、8時からホールで催しがありまして30日は篠笛のコンサートです。しみじみと心にしみ入る音色に感激、ついCDを買ってしまいました。
翌12月1日は、早朝に宿を出発して名古屋へ行きました。お世話になっている仏具商・高田さんからの依頼で、西区仏教会での一席です。私と江戸家まねき猫さん、そして雷太と三人での高座です。仏様の落語「お血脈」と「粗忽長屋」の二席を披露。終演後はいつもながら高田さんにご馳走になりました。
名古屋の楽屋で 後が弟子、雷太
高田さんと江戸家まねき猫さん
その後、一人で新幹線で岡山へ出て、伯備線で島根県松江へ。着いたのが夜中の0時19分です。2日は山登りの予定で大橋さんが案内して下さる事になっていましたが(これで3回目です)、あいにくの雨で中止となりました。その代わりに鰐淵寺(がくえんじ)の紅葉を見物に連れて行って頂きました。ここはあの弁慶が伯耆大山寺の釣鐘を一夜にしてかついで来たという伝説の寺です。そういえば住吉踊りの大津絵の中に「釣鐘弁慶」なんて文句がありますが、この事だったのかと、一つ利口になりました。
弁慶の釣り鐘 紅葉の鰐淵寺
帰りにしじみ汁を御馳走になりましたが、これが抜群のおいしさです。あいか味噌と言う白味噌がしじみとはよく合うそうです。京都の白味噌のように甘くありません。帰りに近くの農協のスーパーでこの味噌を買って帰りました。「あいか」というのは地名で字で書きますと「秋鹿」と書きます。他にも「十六島」なんて地名もありまして「うっぷるい」と読むそうです。
夜は阿部先生をはじめ、春雨や流の門弟の方々が宴席を用意してくださいました。松江へは旅の途中にぶらっと寄っただけなのですが、有難いことでした。
翌3日はJA出雲市で口演して、ハネた後は農家の方々との宴席でまたまた盛り上がりました。
出雲市駅前に宿をとって頂きましたが、そのとなりに名湯がありました。「出雲駅前温泉・ランプの湯」で、ここもかけ流しです。横谷温泉によく似た湯質です。お陰で、もっていった手拭いがきれいにそまりました。
大橋さんと阿部先生 松江の皆さんが
宴を開いてくれました
年初め・・・・・・・・・・・・
3年ぶりに赤かぶさんで正月を過ごしました。大晦日から3日までは新春寄席を務め、4日に裏の山へ初登りしました。
その後信州の小川村へ草薙先生の芝居を見物に行きました。くわしくは次号で!
第 250夜 [一月十一日木曜日] の出し物
お正月らしく、おめでたい「松竹梅」と「禁酒番屋」の二席です。
次回251夜は、二月七日水曜日です。
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2006年12月05日
旅日記 その70 ー物見遊山ー
11月1日,日原の酉谷山
奥多摩では紅葉・黄葉と色とりどり、秋の楽しさを満喫
専念寺のご開帳・・・・・・・・・・・・
毎年お世話になっております横浜市戸塚の専念寺さんの12年に1度の大法要、本尊薬師如来のご開帳です。11月4日、正午から稚児練供養、開扉法要と続いて、余興として落語、和太鼓、双盤念仏、雅楽の演奏、そしておしまいは福引と盛りだくさんです。樽酒、けんちん汁などもふるまわれて、いっぱいの人です。娯楽の少なかった昔は、近郊近在から大ぜいの人がやって来て、小屋掛けの芝居も出たそうです。福引は特等がなんと、ハワイのペア旅行、一等は韓国旅行・国内旅行、その他にもうらやましい景品が沢山です。ちょうど福引のおしまいあたりで、ポツポツと降ってきていい塩梅のお天気でした。
専念寺のご開帳 境内は人でいっぱい
大歩危(おおぼけ)〜白地(はくち) 妙な地名です!・・・・・・・・・・・・
11月8日、JA高知共済連の交通安全の集いがありました。テーマにふさわしくお婆さん物の「留守居番」という新作をやりました。終演後はさわち料理での宴席です。こちらではいつも土佐鶴の燗酒で(夏でもそうです)、手酌でなく盃のやりとりをするこちらの作法にもやっとなれました。しかし2時間もいるとかなりの量です。その晩は高知駅前に宿をとって頂きまして、翌日は山と温泉、いつものパターンです。朝暗いうちに起き、土讃線で大歩危まで行き、国見山登山です。駅から登山口まで歩いて1時間45分かかりましたが、この辺りは四国のへそと言われるだけあって、山また山の中です。景色も良く、いい気分です。少し風が吹いていますが、半そでシャツで充分です。登山口からは2時間ほどで山頂へ。山頂は360度の展望で、大歩危方面、祖谷方面、そして池田方面といいながめです。
山頂近くの国見神社 国見山頂から
阿波池田白地方面を見て
下山はちがう道をとりましたが、すごいヤブこぎです。枝に巻いてあるテープを頼りにかなり苦戦しましたが、どうやら林道まで出て、ホッと一安心。
一般道へ出て、ブラブラ歩いていると消防のサイレンがけたたましく鳴っています。ふと振り返ると山の方で煙が上がっています。タバコを吸いましたので少々心配になり、消防車が通るたびにびくっとします。駅に着くと優先で「どこそこで納屋から出火、山林に燃え移りましたので、消防隊は至急出動して下さい」との放送で「自分ではなかった」とまたまた一安心です。
大歩危から阿波池田へ。吉野川沿いにある一軒宿、白地温泉が今日の宿です。来てからわかった事ですが、林芙美子ゆかりの宿だそうです。昭和16年・37才の時、取材旅行におとずれて、そのまま十日ほど滞在したとの事で、よほど気に入ったようです。お湯はよくあたたまるいいお湯でした。
翌朝、念のため新聞を見ましたら、昨日の火事が書いてありました。たき火が納屋に移って、それが裏山に燃え広がったそうですが、大した事はなかったようです。火の用心には気をつけましょう。
宿から裏の吉野川を眺めて-朝7時-
国見山に咲くまむし草の毒々しい(?)実
第 249夜 [十二月四日月曜日] の出し物 「浮世根間」「提灯屋」
次回250夜は、一月十一日木曜日です。
来年の雷蔵八百夜の日程が決まりました。カテゴリーの「雷蔵オフィスからのエトセトラ」にチラシを載せましたのでどうぞご覧下さい。
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2006年11月08日
旅日記 その69 ー物見湯山ー
休肝日・・・・・・・・・・・・
目を煩いました。春雨山荘に友人の小林夫妻を迎えて、楽しく飲んだ明くる朝、目薬を指そうと鏡を見ましてびっくり仰天。白目がドス赤くなっています。5日ほど眼帯を掛けて高座を務めましたが、私は色が黒いので、白い眼帯では黒板塀にふんどしが引っ掛かっているようで、みっともいい姿ではありません。このところよくなってきましたが、想うに酒の飲み過ぎかなと反省、休肝日を設ける事にしました。
岡山・足温泉と西大寺・・・・・・・・・・・・
9月27日の夜、浜松町バスターミナルから夜行バスに乗込んで目指すは岡山の津山です。定刻に発車して間もなく、増上寺の交差点で事故があり、お陰で一時間ほど止まってしましました。が、その後は順調に走って、津山へは定刻2分前の6時ちょいに着きました。ここからはJR姫新線で中国勝山まで、およそ1時間、窓の外には美しい田園風景が広がっています。たんぼの畔道にはまんじゅしゃげが咲き誇っています。後で宿のおかみさんに伺いましたら、稲刈りの前に畔の草刈りをして、その後に生えてくるのがまんじゅしゃげだそうです。あたりの草は短く刈りとられ、そこにちょろちょろと顔を出す訳ですからいっそう見映えがいいようです。勝山駅には足(たる)温泉いづみ家さんのおかみさんが迎えに来て下さいました。今回で三回目となりましたが、山の本を調べていたら記録でつけてあり、初回が2000年の3月、次が2001年の11月となっていました。
足温泉方面から見た櫃ヶ山 いづみ家のおかみさん
宿で朝食を食べて、すぐに櫃ヶ山(ひつがせん)へ登りました。温泉富士とも云われる姿の美しい山で、宿から歩いてすぐに登山口があり、途中の天狗の森の原生林は実に気分のいいところです。ここで一服つけていると、ミンミンゼミが鳴いています。9月も末だというのに、さすがにこちらは暖かいところです。およそ4時間ほどで一回りしてきました。
天狗の森の原生林 櫃ヶ山の銘嶺水
真ん中の木は桂です
下りてからは、もう温泉三昧です。この集落には家が5軒あり、そのうち4軒が旅館です。また、ここはお湯の量が少ないために、各旅館に風呂はありませんので公衆浴場へ入りに行きます。下駄を突っかけてカランコロンとすぐ近くです。露天からは、今登ってきた櫃ヶ山が眺められます。早朝について、山へ温泉へとのんびりした一日でした。
翌朝は早起きしてお風呂へ。宿のパスがあり何回でも入れます。9時15分のバス(宿のすぐ前がバス停です)で岡山までおよそ2時間半。ここで赤穂線に乗り西大寺まで。駅には杉山さんが迎えに出て下さいました。あまりの暑さにびっくりしましたが、「今日は涼しい」と云われて2度びっくりです。こちらの暑さは半ぱじゃないようです。
午後からは西大寺のふれあいセンターへ。西大寺のいくつかの公民館の主催で昨年に続いての口演です。「小間物屋政談」と「雑俳」の二席でしたが、汗びっしょりの高座でした。打上げは杉山さんのお宅で
杉山さんご夫妻と公民館長の遠藤さんと4人でゆっくりお話ができました。少し飲みすぎで、翌朝は迎え酒でした。杉山さんは岡山へ戻られて10年だそうですが、毎日よく歩いてパソコンに、町内の活動やらと大忙しの毎日だそうです。私もあやかりたいものです。
打上げの席で 杉山さんと遠藤さん
杉山さんご夫妻 離れの前で
第 248夜 [十一月七日火曜日] の出し物 「ざこ八」「粗忽長屋」
次回249夜は、十二月四日月曜日です。
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2006年10月03日
旅日記 その68
外房〜名古屋・下呂〜外房・・・・・・・・・・・・
9月12日〜22日まで長い長い旅をしてきました。
12日に家を出て外房の小湊温泉「吉夢」へ。仕事はいつもいながらの3時〜4時までの独演会です。後はのんびりと温泉に入り、7時に割烹へ行って新鮮な海の幸で一杯です。
13日は仕事は休みで前から気になっていた曽呂温泉へ行きました。安房小湊駅から二つ目が終点の安房鴨川で、ここで乗換え一駅目の太海駅下車。駅前からバスにゆられて10分ほどで曽呂の集落で、なんとものどかな風景です。山へ少し入っていきますと一軒宿の曽呂温泉。加温はしていますが、黒っぽいお湯で肌がつるつるします。近所の方が入りに来ていて広間で昼寝をしたり、おしゃべりをしたりとのんびり過ごしています。いいお湯でした。温泉に泊っていて外の温泉に行くというのは、愛人の元から別の愛人の所へ通うようで、少々後めたさもあります。14日はまた1時間の独演会です。
山間の曽呂温泉 曽呂温泉の黒いお湯
15・16日は名古屋の大須演芸場へ行きました。今年で3回目の芸術祭で、我が落語芸術協会の自主公演です。お陰様でだんだんお客様がふえてきて、2日とも立見が出るほどの大盛況でした。15日は昼の部のトリを務め、「居残り佐平冶」を40分。夜の部は軽く「権助提灯」をやりました。この晩は、含笑長屋の世話人の高田さんにご馳走になりました。以前お世話になりました、橘座のある工業高校の伊藤先生とも再会、山の話がはずんで少々飲み過ぎました。名古屋コーチンの鍋は実に美味でした。
16日、昼の部は「小間物屋政談」夜は「強情灸」を口演した後、下呂の赤かぶさんへ参りました。この日はツーリングの方々の貸切りで、私は従業員宿舎へ。
17日は遊びの日です。裏っ手にある仏ヶ尾山(3回目)へ単独登山です。「猪に注意」なんて看板は今回初めてみました。途中に雨乞いの大きな岩があり、ここを少し過ぎたところで、大きなうなり声が聞こえてきました。20メートルほど先でしょうか。姿は見えませんが、おそらく猪か熊でしょう。どっちにしても余りお逢いしたい動物ではありません。そのまま引き返す事にしました。後を追いかけてはきませんが、多少はあせっていたのでしょう。道を間違えて苦労しましたが、無事山からおりてきて、ホッとしました。その後は赤かぶさんの自転車で飛騨川温泉へ。内湯の小さい湯舟は薬草が入っていて、ぬる目のお湯。湯温が39,2度と書いてありますから、源泉+薬草のいいお湯でした。
下呂の河原の露天風呂の看板
飛騨川温泉 飛騨川温泉近くの
手前のチャリンコで 緑米の田んぼ
行きました 黒い稲穂です
18日は、午前中に下呂の露天風呂へ。1時から敬老会で1時間。
19〜21日と、また千葉の吉夢へ。20日はまたまたお休みです。清澄寺(日蓮の修行した寺)まで、歩いて行きました。日蓮の生まれた小湊から修行の道を、3時間かかりました。くだりは2時間40分でした。
彼岸入りの彼岸花
20日.清澄寺にて
吉夢からの夕日 20日.5時25分
21日は仕事をして、22日春日部へ帰ってきました。
落語と山と温泉とご馳走の楽しい旅でした。
247夜 [十月二日月曜日] の出し物 「抜け雀」「廿四孝」
次回 248夜 [十一月七日火曜日] の出し物 「ざこ八」「粗忽長屋」
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2006年09月06日
旅日記 その67
日原鍾乳洞・・・・・・・・・・・・
春雨山荘にて
私のとなりがオチさん、そして小林夫妻
7月に、友人の小林夫婦の別荘(八街)へおじゃましましたので、8月はお二人を奥多摩の春雨山荘へ招きました。7日の5時半、全員集合して宴会です。近所の飲み仲間のオチさんも加わってのにぎやかな一晩でした。
翌日は日原へ参りました。小学校の遠足来たそうで、およそ50年ぶりの事で涙を流して喜んでいました。その頃の日帰り旅行としてはちょうどいい距離だったようです。鍾乳洞ですから中はたいへんに涼しくて、夏に見物するのが一番です。30分ほどかけて一巡り、それから小菅村の温泉に行きました。本物の温泉に大感動してまた涙を流していました。本当によく泣く奴です。
鍾乳洞入り口にて
みちのく福島へ4泊・・・・・・・・・・・・
仲間の三遊亭左遊さん、講談の神田松鯉さん、そして私の三人で福島へ行きました。8月19日は二本松市東和文化センターで口演。おみやげに酒とくわ焼酎を頂きました。翌日は飯坂温泉の波来湯(はこゆ)へ。かなり熱いお湯で200円也。夜は国見温泉の観月台文化センターへ。
飯坂温泉の波来湯
終演後は一行と離れ、不動の温泉へ一泊。内湯があり、階段を少し下りたところにもう一つ。さらに石段を下りると露天風呂。おどろいた事に、三つとも異なる湯質です。もちろん全て掛け流しで、山の中の一軒宿の秘湯です。お年寄りには露天は無理のようで、どうにか降りても上がってくるのがたいへんでしょう。
不動の湯温泉の露天風呂 一切経山の麓の釜池
翌日は一切径山へ。晴れていれば五色沼が見えたでしょうに、残念でした。下山後、沼尻温泉へ。ここは中ノ沢温泉から4キロほど奥にあります。弱い酸性の湯でかなり酸っぱいです。ここへ二泊して箕輪山(安達太良山の縦走路になっていて最高峰)へ登りました。横向登山口から登り始め、しばらくはいい道です。スキー場のわきを登っていきますが、スキー場の上部あたりから、道がえぐられていて岩がごろごろ、赤土ですべって少々歩きにくい道でした。山頂で一服しているうちに晴れてきまして、となりの鉄山の小屋が良く見えました。次回はぜひ、安達太良山へと縦走してみたいものです。
最終日は会津のお寺巡りです。まず、湯川村の勝常時へ。開創1200年で特別に御開帳との事で、それはそれは気品のあるお顔の観音様でした。他に甚五郎作の「隠れ三猿」があり、私には二猿までわかりましたが、あとの一猿は残念ながらわかりませんでした。あれだよと教わりましたが、どうしても猿には見えません。見えない人には見えないのだそうです。
福島の山と名湯とお寺巡りの4泊の旅でした。
帰ってきましたら国見町の銘産の大きな桃が届いていました。さっそく頂きましたがとても美味でした。
安達太良連峰、箕輪山山頂にて

246夜 [九月五日火曜日] の出し物 「手紙無筆」「居残り佐平次」
次回 247夜 [十月二日月曜日] の出し物 「抜け雀」「廿四孝」
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2006年08月08日
旅日記 その66
湯田温泉・・・・・・・・・・・・
6月23日、JA鶴岡女性部の招きで山形の鶴岡市へ行きました。10年前にも呼ばれた事があり、今回2回目です。前回は新山鉱泉へ泊りました。名前は新山ですが、建物は古い木造で湯治場といった趣きの家でした。宿は二軒ありましたが、今はもう、二軒とも営業をやめてしまったそうです。いいお湯だけに残念な事をしました。
さて当日は、早朝に春日部を発ち、口演の前に鶴岡の奥座敷、湯田川温泉へ入ってきました。駅前からバスに乗り、30分ほどで湯田川温泉へ着きます。ここの湯田川小学校で、あの藤沢周平さんが教鞭をとっていたそうです。温泉街の中ほどに共同浴場があります。湯銭はなんと2百円です。こんこんとお湯が流れていて、もちろん源泉掛け流しです。
湯田川温泉の共同浴場
口演は珍しく夜六時半から始まりまして、終演後は女性部の部長さん達との会食です。近頃人気の「だだちゃ豆」は、このJA鶴岡の登録商標だそうです。庄内地方の方言で、「だだ」とはそこの家のご主人で、「ちゃ」は「ちゃん」の事です。この豆を初めて食べたお殿様が、あまりのうまさに「これはどこのだだちゃがこしらえたのか」とたずねたのが語源だそうです。ちなみに、おっかさんはががちゃで、じじちゃ、ばばちゃ、あにちゃ、あねちゃとなります。少し利口になりました。
鉄輪(かんなわ)温泉・・・・・・・・・・・・・
右が衛藤社長.隣が文志師匠 左から津末さん.中野屋の
おかみさん.右は竹童さん
7月8・9日と、立川文志師匠の仕事で別府へ参りました。他に津軽三味線の高橋竹童さんもいっしょです。文志師匠のご贔屓のエトーシンの江藤社長と、津末さんが人を集めて下さいました。仕事は9日ですが、なぜか前日入り。「せっかく別府へ行くのだから、名湯にゆっくりつかりたい」という、私のわがままをきいて下さったものです。むこうでは歓迎の宴を開いて下さいまして、関サバ・関アジのご馳走責めには大感激。二次会のクラブではカラオケのない別室へ通されました。ベップルームというのでしょうか。
翌9日は朝からたいへんな暑さですが、午前中に大分の老人ホームで一席。お昼からはお楽しみの温泉です。別府七湯とか八湯とかいいまして、いたる所から湯煙が上がっています。津末さんが、ご親類の宿(鉄輪温泉の中野屋さん)へ連れて行って下さいました。看板に「むし湯」と「かし間」と書いてあります。湯治の宿で食事はないようですが、街中の事でもあり食事には困りません。近くに大衆演劇の小屋もあり、たくさんの宿が並んでいます。
鉄輪温泉・中野屋さんの薬草風呂 中野屋さんのむし湯
風呂は小さな湯舟が二つあり、一つは源泉のみで、もう一つは薬草を入れたものです。薬草風呂のほうがぬるくて私好みです。他にむし湯があります。鶏小屋みたいな所に入ると木の枕があり、下に石蒲という草が敷いてあって、ここへ寝ころんでいるとポカポカとあたたかく、草のにおいも何か落着きます。草の上に寝て昼寝にはもってこいです。これは虫湯かなとも思いました。しばらく汗がひかず、よくあたたまるお湯でした。
夜はビーコンプラザ・国際会議室という、ものすごい所での口演で「猿後家」を一席。
八街・・・・・・・・・・・
高校時代の同級生が千葉の市川で「霞舎(かすみや)」というそば屋を中野屋さんのむしやっています。なかなかうまいそば屋です。
八街に別荘を持っていて、そこへ遊びに行きました。
両はじが友人の小林ご夫妻で、
真中の方は近くのこだわりの
鶏屋さんの清水さんです。
肉も卵も真に美味です。
245夜 [八月三日木曜日] の出し物 「三年目」 「唐茄子屋政談」
次回 246夜 [九月五日火曜日] の出し物 「居残り佐平次」をネタ卸します
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2006年07月05日
旅日記 その65
八郎潟と宍道湖・・・・・・・・・・・・
5月の晦日、秋田県の田沢湖から玉川温泉へ向う途中の新鳩の湯温泉に行きました。朝6時に車で春日部をたち、2時半にはお湯に入っていました。つり橋を渡った一軒宿で、源泉掛け流しのお湯は真に結構。一泊二食つきで6900円。料理はヘルシーで私好みの宿で、ここに二泊。
新鳩ノ湯温泉のつり橋 新鳩の湯の食事
宿から8k先に玉川温泉があり、30年ほど前に行った事があります。当時は知る人ぞ知るという秘湯で、混浴の鄙びた湯治場でした。今はよく整備されていて大勢の人が来ています。ここから焼山登山、下山後は玉川温泉へ。源泉は38度ぐらいで、体にはききそうなお湯です。
30年ぶりの玉川温泉、岩風呂や岩盤浴をする人もたくさん
翌日は太平山へ登って(通行止めのため林道歩きでしたが)、大滝山温泉で汗を流しました。そこから八郎潟のある潟上市の羽後飯塚へ。共に東京で活躍中のコダーマンこと小玉節郎さん(コピーライター)と、妹さんの小玉しおさん(衣装クリエイター)兄妹の実家で落語会を開いて下さいました。
酒は天下の太平山、小玉酒造の創業者の長男の家が本家で、小玉さんの家は分家です。田んぼの真中に酒造があり、そのとなりに小玉一族のお屋敷がありました。近所はほとんど小玉さんです。表で「小玉さん!」と呼べば、あちこちから”こだま”が返ってくるほどです。本家の屋敷にはキジがいてケンケンと鳴いていて、回りを田んぼに囲まれた静かな住宅街です。
落語のほうは昼夜2回で、それぞれ50人ほどのお客様。ほとんどが生は初めてという方々でしたが、皆さんよく聴いてくださいました。また、打上げの席で、小玉さんの秋田弁を初めて聴き感激。
終演後の打ち上げで小玉兄妹と
夜11時頃小玉邸を出まして、東北地方を横断、宮城県本吉町には早朝に着きました。仙翁寺さんの法要で一席。今回5度目の口演です。
その頃、秋田では幼児殺害事件の後ですから大変な騒ぎで、有線放送では「不審な人には近附かないで下さい」と流しています。こちらは不審人物の最たる者ですからヒヤヒヤものでした。
連日天気の良い4泊5日のみちのくの旅でした。
尚、打上げの席で小玉さんから伺った話です。八郎潟の干拓が始まった頃には、日本はもう米余りの頃だそうで、お上のやることは笑止千万。しじみがとれたり、今の宍道湖のようだったそうです。
落雷入門・・・・・・・・・・・・
島根県松江市の整形外科医院の阿部先生が、私の元へ入門して春雨や落雷を名乗る事になりました。東京へ出てきて修行を始めるわけではありませんで、在家信者のようなもので、地元にいて落語の修業をいたします。
6月9日、松江の名士の方々、およそ百名ほどをお招きして襲名披露の落語会を開きました。もちろん私も師匠として出演です。先ず二人で並んでの口上を述べたあと、春雨や落雷の登場です。「崇徳院」の一席をみっちりと30分。途中つっかえる所もなく見事(?)に演じました。
終演後は二人で「川京」さんへ行って反省会です(たいした反省はしませんが)。このお店の鰻のたたきは名物でして、前から食べてみたかったのもので、真に美味でした。
春雨や落雷 川京さん創作料理「鰻のたたき」 三瓶山で阿部先生と
&赤かぶさんデザインの手拭い
翌日は二人で三瓶山へ登りました。師弟で落語談義をしながらの登山も乙なものです。下山後は千原温泉へ。リラックスという雑誌から原稿依頼があり、私の駄文も載りました。その本で紹介されていたお湯です。湯船の下からぼこぼこと自噴していて37度くらいの茶色いお湯です。ここは日帰り入浴のみで1時間のんびりと入っていました。アトピーにも良いとの事で、女風呂には小さな女の子が母親といっしょに入っていました。
夜は先生のお友達をまじえての宴で、ここで五人弟々子をふやしてくれました。本当にいい弟子を持ちました。高座と山と温泉とでご馳走の楽しい旅でした。
千原温泉で…
寝かせたビール・・・・・・・・・・・・・
松江から赤かぶさんへ。秘湯に出逢いました。37度ぐらいの茶色いお湯、野趣に富んだ秘湯中の秘湯です。
その後、高山市久々野の坂本酒店へ寄りました。「ベルビュークリーク」というビールは真に美味。2年寝かせたビールにクリーク(さくらんぼ)をつけて、さらに半年寝かしたものだそうです。ちびちびと味わって飲みました。
こだわりの酒店店主の坂本さんとベルビュークリークの生
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244夜 [七月四日 火曜日] の出し物 「悋気の火の玉」 「子猫」(ネタ卸しです)
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2006年06月06日
旅日記 その64
16回目の岐阜巡業・・・・・・・・・・・・
4月21日、愛知県瀬戸市からのスタートです。名古屋から名鉄で新瀬戸市下車。今回が2回目、歯医者さんのホールが会場です。「愛宕山」と「化物使い」を披露。打上げは南さんのお宅で、一品持ち寄りの宴です。20人ほどの方が一品ずつ持ち寄るとかなり豪華になります。
75歳にはとても見えません木島春子さんー南さん宅の打ち上げにてー
スペース大原さん(左)と350年ほどの五葉の松の前で
22日は、昼間は多治見のスペース大原さんで「愛宕山」と「化物使い」。ここも2回目です。夜は春日井のままやさん。今年で4回目となりました。近所を散歩中すぐ近くのバス亭が「下神屋」となっていました。ここの地名だそうですが、下神屋と雷の縁だと気づきました。昨年、ここへ小学生が聴きに来ました。その子は不登校だったそうですが、私の落語を聴いてから何事にも積極的になり、学校へも通いだしたそうです。不登校には落語がいいようです。「勉強しないと、こんな人になっちゃう」と思って学校へ行くようになったのでしょうか。
23日は、恵那市となった山岡町の林昌寺さんへ。今回珍しく昼席です。もう10回目以上になりました。終演後、直樹和尚の車で下呂の赤かぶさんへ、ちょっとした祝い事で出掛けました。
赤かぶさんの囲炉裏で
24日は下呂からバスで中津川へ、そこから中央線で釜戸まで。今年、16回目の天猷寺寄席です。世話人の三好クリーニング屋さんがいつもの定宿です。昨年あととりのせがれさんが結婚なさいまして、男二人の家庭がパーっと明るくなりました。
三好さんのせがれさんご夫婦
明くる朝、早起きして竜吟湖へ出掛けました。遊歩道があり、軽いハイキングコースです。お気に入りの道ですが歩いていてこことのご縁に気づきました。竜と雷との宴だった訳です。
金戸小学校で3回目の口演です。「雑俳」をやりました。夜は名古屋の美雅さんでの初めての会です。「猿後家」と「強情灸」の二席。終演後の打ち上げでなつかしい方にお逢いしました。25年ほど前ですが、名古屋の大須演芸場にちょいちょい行っていました。その頃聴きに来て下さった方です。
26日、直樹和尚の車で神戸の宅原寺さんへ。昨年に続いて2回目です。今年もまた神戸牛をご馳走して下さるとの事です。腹をすかしておこうと、朝は朴葉寿司二つですませました。昨夜の打上げの時とっておいたものです。昼頃到着して、田家本店へ。外には能舞台もある大きなお店でピアノの生演奏もあります。肉は真に美味。また揚げたてのコロッケももいいです。お昼から八多温泉へ。有馬と同じ赤茶けたお湯です。夜、本堂での落語会に西宮の木村さん(焼肉屋でとなり合わせたのが縁です)が来て下さいました。
以上6泊7日の旅でした。帰ってから体重を計りましたらわずか0,4k増でした。
宅原寺さんのポスター
作者は女性自衛官だそうです
ドレミ僧・・・・・・・・・・・・
今回の旅でお世話になった3人の和尚の紹介です。
ドレミ僧(ファ抜け)。重さ順に並んでいます
三田家本店にて。ガラスの向うは能舞台
ドレミの順に体重が上がります。ド僧(土葬)は伊勢市の将志和尚。ミ僧は宅原寺のの智昭和尚。4kやせて104Kになったそうですが、お坊さんですから元に戻して108Kの方がいいのではないでしょうか。レ僧は直樹和尚。レ僧ではシャレになりませんから、ひっくり返して葬礼です。尚、ミ僧は密葬です。
左から直樹和尚、木村さん、そして104キロの智昭和尚
243夜 [六月五日月曜日] の出し物 「船徳」 「お化け長屋」
次回 244夜 [七月四日火曜日] の出し物 「子猫」 をネタ卸しします
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2006年05月13日
旅日記 その63
雷様は雲の上・・・・・・・・・・・・
小湊温泉から見る外房の海
4月はあちこちと出掛けました。5・6日は毎度おなじみの外房にある小湊温泉のホテル「吉夢」へ。ホテルのロビーで一服していて、ふっと気づくとテーブルの上に雷様の花瓶が置いてあります。じいっと見ていましたら、よほど欲しそうに眺めていたのでしょうか、吉夢の社長さんがプレゼントして下さいました。これを頂いてから幸運続きで縁起物となりました。
縁起物となった雷様の一輪挿し
8日は高崎の永福寺さんでの一席です。この日はお釈迦様の誕生日を祝った「花まつり」での余興です。仏様にちなんだ「お血脈」をやりました。
高崎、永福寺さんの花まつり
ところで節分からですが、体重計に乗る趣味が出来ました。数字のへるのが面白く3キロやせました。なんと25年前のタキシードが再び着られるようになったのです。9日の新真打の披露パーティにはこれを着て出席しました。あと1キロで20代の時の体重となります。
真打披露パーティで岐阜の民宿「赤かぶ」さんと
11〜13日はまた吉夢へ。1時間の仕事以外はまったくの自由時間です。帰ってきて4・15日と奥多摩の春雨山荘で過ごしました。山梨県小菅村の大マティ山(2度目です)へ登って「破れ傘」に出逢いました。破れた傘のような形をしていて、おひたしにするとうまいそうですが、少ししか生えていませんので、そーっとしておきました。その後は小菅温泉の掛け流しの湯へ2時間半のんびりと。
21〜26日は、今年で16回目となった岐阜巡業でした。これは次回の湯旅日記をお楽しみにお待ち下さい。
大マティ山の「破れ傘」
夢語りの会・・・・・・・・・・・・
27日に、神戸から帰って参りまして、翌8日は「夢物語の会」へゲスト出演しました。これは、俳優の草薙幸二郎先生(八百夜の御常連です)が主催しておられまして、その発表会が日本橋亭で開かれました。いっぱいのお客様で、我が八百夜とはえらい違いでした。
5月1日に打ち上げ(語りの会)が新宿の「露露酒家」であり、私も招かれました。久しぶりの上海料理の後、近くの寿司屋さんへ。いいかげんに酔っぱらって帰宅しました。あくる日、ポケットにラーメン屋の領収書があり、見るとタンメンまで食べていました。暴飲暴食もいいところで1,2キロ体重がふえていましたが、1日で1,4キロ落としました。やせるには食事の量をへらす事です。
ラジオ出演でお葉書が届きました・・・・・・・・・・・
八王子の平林辰三様から頂いた有難いお手紙をご紹介します。
謹啓 はじめてお便りさせて戴きます。昨5日NHKラヂオ演芸放送で小間物屋政談拝聴。快く26分の噺、感動さえ