« 2007年11月 | メイン | 2008年01月 »

2007年12月13日

・・・『雷蔵八百夜』平成20年のご案内・・・

20tirashi2008.1.jpg

平成20年度のご案内チラシです。
『ご贔屓すじからの「廓話を伝えられる芸を持つ噺家であり、演じるのに年の頃合いもちょうど良いのではないか」というおだてに乗りまして、毎月一席づつ色艶のある噺をご披露したいと思います』との文面通り、雷蔵心新たに取り組む所存です。
来年も262夜から273夜までどうぞお足をお運び下さることを心よりお待ち申し上げております。

投稿者 webmaster : 09:20 | コメント (0)

旅日記 その82 −物見湯山ー

福島の紅葉見物・・・・・・・・・・・・
 
 先月、また福島へ行きました。6日早朝に家を出て、会津坂下(ばんげ)町へ。もうすっかり紅葉も里へ降りて来ています。会場近くの洲走温泉(古風な建物の一軒宿)で入浴。43度と少し熱めですが加温のみのかけ流しで、湯もぬるっとしています。蛇口からの湯・水とも源泉のうれしい宿です。一時間ほどして300円とはお得です。
  rai_2007.12_001.jpg
  鄙びた風情の洲走温泉
 JA会津みどりの高齢者交通安全教室で一席おしゃべり、その後その後湯野上温泉の河原の露天(源泉掛け流しで無料です)へ入りに行きました。渓谷の紅葉を眺めながらの風流な一時でしたが、なんと、野生の猿が入っていたのにはたまげました。
                rai_2007.12_002.jpg
河原の露天に野生の猿(?)が入っていました

権現山と畦が丸登山・・・・・・・・・・・・

 翌7日は神奈川県の山北町へ。丹沢山塊の西のほうにある町でおとなりはもう静岡です。畦が丸という山に登ろうと登山口へ行きましたら、沢山の車がとまっていて、何でも鹿の駆除のため。ハンターが30人ほど山に入っているとの事で中止しました。シカとハナシカを間違えて撃たれては大変とおとなりの権現山へ登りました。登山口から往復して3時間20分。下山後は、今日の宿、中川温泉で汗を流しました。翌朝、早起きして畦が丸へ登りました。途中三頭の鹿に会いました。ハンターの餌食にならなかったようですが、鹿もふえすぎては困ったものです。噺家のふえすぎも困ります。昼過ぎから宿で一席おしゃべりして来ました。
  rai_2007.12_003.jpg
山北町の二千年の大杉

再訪の奥小歩危温泉・・・・・・・・・・・・

 寝台特急で岡山へ、ここで乗り継いで徳島の大歩危駅へ着いたのが11日の朝です。仕度をして足ったのが九時5分でした。
目指すは夏に行った奥小歩危温泉です。前と同じ美馬峠超えの林道歩きです。8月の時は炎天下、大きなリュックで靴も夏のレジャー用でしてすぐずっこけそうになります。おまけに沢をひとつ間違えて、5時間40分もかかってしまいました。今回は荷物は駅に預けて小さなリュック一つ、靴もはきなれたスニーカーで、かなり楽でした。美馬峠を越え白川谷に入ったところで紅葉を眺めながらウメッシュで祝杯をあげました。その後猪の親子連れ(六頭ぐらいです)に会いました。子供を守るためか逃げていってしまいましたが、一頭ならば向かってきたかもしれません。その後は何もなく宿に着いたのが1時ちょうどで、3時間55分かかりました。浴室の窓をいっぱいに開けて対岸の紅葉をながめてのんびりと。前に泳いだ川の水も冷たそうです。
rai_2007.12_004.jpg
     白川谷の紅葉
               rai_2007.12_005.jpg
宿近くにアジサイが咲いていました。後は紅葉。
               どうなっているんでしょうか? 
 翌日は、朝起きて、風呂へ入ってからお酒を2本、飯を食って寝て、起きてまた風呂へ。お昼頃出発しました。帰りは白川谷を下って小歩危へ出て大歩危駅へ。3時間6分の歩きでした。高松へ着いて酒を飲んで寝ちまいました。
 明くる朝、琴電に乗り白山駅へ。うっかりしていましたが、10年ほど前に登ったこ白山の前にある駅でした。束讃富士と呼ばれる美しい山で麓に白山神社があり、何とここの社務所が会場でした。JA香川三木町女性部の集いで50分しゃべってきました。毎度の事ながら、仕事に行ったのか遊びに行ったのか分からないような、楽しい旅でした。
rai_2007.12_006.jpg
白山(左)と社務所

ラジオ放送・・・・・・・・・・・

NHKラジオ「真打競演」の放送日が12月18日から正月の8日(火曜日)、夜9時5分からと変更になりました。

追悼・・・・・・・・・・・・・

八百夜のご常連でありました俳優の草薙幸二郎先生が亡くなられました。この正月に、信州の小川村へ先生の芝居を見に行きましたが、とても楽しいお芝居でした。その後体調を悪くされ闘病中でしたが…、残念でした。本当に存在感のある役者でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

投稿者 webmaster : 00:23 | コメント (0)