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2007年09月11日
10月2日(火) 第259夜のご案内
江戸落語といわれる落語の多くが上方から移ってきたものです。江戸の頃の落語というものは笑よりも話す事に重きを置いていて笑いは少ないものでした。これが明治、大正と時代が変わって、東京には全国から人が流れ込んできました。この新人類には当時の江戸落語はあまり面白いものではなく、もっともっと笑いを求めるようになってきました。そこで落語家もいろいろ考えて笑いの多い上方落語に目をつけ、せっせと東京に移したのです。
そんな中で(259夜の演目の)「三軒長屋」は生粋の江戸落語です。三軒長屋の真ん中には住むもんじゃない、といいますが…なぜかといいますとこの落語を聴くと分ります。今回ネタ卸しの「三軒長屋」をどうぞお楽しみ下さい。
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旅日記 その79 −物見湯山ー
新五郎湯と高松〜山伏縦走・・・・・・・・・・・・
国の天然記念物「噴水塔」
秋ノ宮稲住温泉の記念碑 蓮池の向こうが記念碑
7月下旬、秋田の秋ノ宮温泉郷へ行きました。湯沢からバスで山の中へ入って行きますと、秋ノ宮温泉郷です。お湯があちこちにわいていてそれぞれ名前がついています。私はここの中心にある「新五郎」という湯治宿へ泊りました。三百年ほど続いている宿で、湯舟が一つと打たせ湯が二つあります。毎日お湯を抜いて湯舟を掃除しているこだわりの正に名湯です。
新五郎湯温泉
新五郎湯温泉の裏の川にスコップで掘る足湯あり

※新五郎湯のチラシより温泉の効能など
7月24日、朝5時半に宿を発って、高松岳登山口の湯ノ又温泉まで林道歩きで1時間15分。湯ノ又大滝を眺めながらこしらえてもらったおにぎりを食べて登山にかかりました。沢にそって登っていきまして、鼻こすりの急なヤセ尾根を登ると山頂です。ここらは草が生え茂っていてズボンがびっしょりです。反対側の泥湯からの道はきれいに草が刈り取られていて、どうやらこちらがメインのようです。
湯ノ又大滝
高松岳の赤トンボ 山伏岳のアジサイ
高松岳から山伏岳へ縦走して、新五郎付いたのが2時2分。8時間半の歩きでしたが、30度の気温ですから、びっしょり汗をかきました。後は温泉三昧。ここは料金も安く料理もおいしいものが適量。お湯よし、居心地よしの結構な宿でした。
高松岳(左)から虎毛山への縦走路(山伏山頂から)
山伏山頂から見た屏風尾根
翌25日は羽後町での口演です。「西馬音内」という地名があり、これで「ニシモナイ」とよむそうです。ここの郵便局で五百円貯金。山の中の林業交流施設(廃校を利用したもので、見事な立派な施設になっています)の消費者の会の集まりで、「新寿限無」と「金婚旅行」で1時間20分のおしゃべりでした。
秋田県で一番古い民家
羽後町にある350年経つ建物だそうです
羽後町にある日本一太いキササゲ
山間鄙地巡り・・・・・・・・・・・・
8月2日、久しぶりに民宿「中津屋」さんへ。
ここは秩父市のどんづまりの集落で、
秘境のムードがただよう山の中にあります。
翌日小雨まじりの天気でしたが、
南天山へ登ってきました。
南天山にて
4日の夜行寝台で、またまた徳島へ行きました。大歩危・小歩危といいますと、かなり山の中です。「ぼけ」とは谷の事だそうで、なるほど深い谷です。大又で歩くと危ないので大歩危、小又で歩いても危ないので小歩危。つまり小歩危の方が危ない訳です。5日の朝9時に大歩危駅を出発して目指すは奥小歩危温泉。
奥小歩危温泉のたたずまい
奥小歩危温泉裏に流れる白川
吉野川沿いに少し下って、藤川谷へ入っていきます。最奥の集落を過ぎ、更にどんどん登って行くと美馬峠に出ます。これを超えて少し下って右の道へ入ります。今度は白井谷を下ってやっと奥小歩危温泉に着きました。炎天下、5時間の歩きでした。途中道を間違えたり、荷物は重いし、遊びとはいえたどり着くまでは少々つらいものでした。ここは白井川沿いに建つ一軒宿で、この谷の最深の集落にあります。川の水が実にきれいで、川で泳いだ後は温泉へ。窓を明けるとアブなどが入ってきますが、白川を眺めて、のんびり湯につかって真に風流です。少し硫黄のにおいのするお湯は名湯。
塩塚高原から見た最奥の集落
展望台から塩塚峰を見て
翌6日は塩塚峰へ。ほとんど林道歩きですが、6時間半かかりました。
7日に香川で仕事をして帰ってきましたが、この強行軍がたたって、夏バテになりました。そろそろ、年を考えないといけないのでしょうか。
・・・今夜の出し物・・・
徳島を舞台にした「田能久」。そして「殿様団子」。これは金五楼作で、ネタ卸しです。
・・・次回259夜は、十月二日火曜日です・・・
雷蔵は「三軒長屋」他一席の口演。 三遊亭遊馬「化物使い」他一席、春雨や雷太 「狸の札」もお楽しみに。