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2006年03月04日

旅日記 その61

今年も安房小湊の「吉夢」へ・・・・・・・・・・・・・

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小湊から鴨川方面を望んで
 正月の24日〜26日の三日間、小湊温泉「吉夢」へ参りました。仕事は3時〜4時の一時間の独演会で、後はまったくの自由時間。好きなものを飲んで、好きなものが食べられるという、なんとも有難い仕事です。もう何年もお世話になっていますが、夕食は部屋でぜいたくな料理を頂いていました。近頃はさすがにカロリーが気になりだして、少々もてあましてきました。そんな訳で、最近はホテル内にある割烹で頂くようになりました。この割烹の主任の加藤さんが、いろいろと気のきいたつまみを出してくれます。それでお酒も三合ほど、いや4合ほど頂いて仕上げは自慢のラーメンです。ラーメン屋さんを食べ歩いて自分の味を工夫しています。街中のラーメン屋さんとしても立派にやっていけるほどのうまさです。この加藤さん、東京生まれの好青年でサーフィンが好きでこちらへ来て10年ほど、昼間はサーフィンで、夜はホテルで仕事をしているという、うらやましい生活です。外房の海はきれいですし、サーフィンにも適しているそうです。
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「吉夢」の加藤さんと自慢のラーメン

信州小川村の小川さん・・・・・・・・・・・

 信州の小川村へ初めて行ったのは、もう十何年も前の秋のことでした。長野駅へ着いた時はもう夕方で、タクシーに乗って細い道をくねくねと行きましたが、あたりは段々暗くなってきました。なんだか心細くなってきましたが、小一時間もかかったでしょうか、やっと小川村へ着きました。農協の前で迎えて下さったのが小川さんです。その晩は農協女性部の副部長さんのお宅で宴席を開いてくださいました。翌日は、女性部の皆さんの前での口演でした。その後もちょくちょく仕事を頂きました。また、ぶらっと寄らせていただいて山登りをしたりとお世話になっています。
 2月4日、国立演芸場の高座の高座の後、3時6分の新幹線に乗って、もう5時前には長野へ着きました。亡くなったローカル岡さんが、よく高座でやっていました、「信州そばだー。」
 小川さんのご主人が出迎えてくださり、車で小川さん宅へ。
rai2006.3.005.JPG東京新聞(2006.2.6)
20名ほどの皆さんが集まっての大宴会です。東京からは草薙先生も遊びに来て下さいました。村議の角間さんが先生の知り合いで、以前この村で語りの口演もなさった事があるそうです。7時に始まった宴会がお開きになったのは1時だそうです。6時間も飲んでいたとは、我ながらあきれたものです。翌日はとなりの中条村の酒井さん(八百夜のご常連でした)の集落で二席、合計2時間半ほどしゃべりまして、二日酔いの身には少々こたえました。その晩は角間さんのお宅での映画会です。イランの映画で、貧しくてくつが買えず兄妹で一足を代わりばんこにはくという、落語の人情噺の世界です。子供の演技が実に自然で、いい映画でした。
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右から草薙先生、小川さんのご主人、その前の方は近所の方、
私の右のとなりが小川和子さん、萱津さん、ひげの方が角間さん、
前の女性は北海道からこの村にお嫁に来た方です。

 ところで、中条村にはお店が3軒しかないそうです。その中で金多満屋さんの自家製の虫喰い最中、いや虫倉最中(中条・小川の里山の虫倉山から名前をつけたようです)を、酒井さんに頂きました。小川さん宅ではお婆ちゃん自慢のおやき、味噌、梅干し、干し大根やら、またご近所の萓津さん(ここのお宅でも落語会を開いて頂いたことがあります)にはりんごなど、また誰だか知らない人には、そば粉やら、たくさんのおみやげを頂いて帰って来ました。すっかりお世話になりました。楽しい旅でした。信州へは絶対に足を向けて寝られません。
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中条村の三軒のうちの一軒です

おまけ・・・・・・・・・・・・

「お粗末」とはこういう時代に使う言葉だと思いました。民主党の事です。これでは野党どころか、与党の援助党です。こんこん小泉様の高笑いが聞こえてくるようです。この方の辞書に「ガセネタ」という言葉もあったようで、やっぱりカ行が多い辞書です。

八百夜、今宵で二十年となりました。
240夜 [三月二日木曜日] の出し物  「道灌」 「化物使い」

次回 241夜 [四月四日火曜日] の出し物  「お血脈」 「愛宕山」

投稿者 webmaster : 2006年03月04日 20:40

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