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2006年01月31日

…ホラエモン逮捕…

 勝ち組のヒーローとしてもてはやされた堀江さんが逮捕されました。とうとう化けの皮がはがれたようです。人を欺いておおきなことばっかり言っていた嘘つきでした。道理であだ名がホラエモン。マネーゲームとやらで、楽して大金をもうけてきました。額に汗をかかなかった訳ですが、今頃は小菅で冷や汗をかいていることでしょう。
 ところで彼の逮捕について、あの小泉大先生は「自民党の幹部が選挙の応援に行ったのは別の問題だ。」とおっしゃいました。またいつもの開き直りです。どうやらこの先生、素直に反省することも出来ない、尊敬すべきお方のようです。どういうお育ちをなさったのでしょうか。このお方の辞書には「反省」という言葉は載っていません。やたらに目につく言葉は「感動」、「改革」、「詭弁」、「口上手」、「憲法改悪」、「姑息」といったカ行が多い、不思議な辞書です。これに「狐つき」を加えたらいかがでしょう。

投稿者 webmaster : 08:06 | コメント (0)

2006年01月25日

…牛肉問題について… 

 日本の輸入業者が見本として輸入した米国産牛肉、41箱のうち3箱から危険部位が混入している肉が見つかりました。しかも見ればすぐに分る状態だったそうです。
 我が首相殿が、地方方針演説で「科学的知見を踏まえ、アメリカ産牛肉を再開しました。」と大見得を切った同じ日に見つかったのも皮肉でしょうか。「アメリカの圧力に押され再開しました。」と正直に述べた方がかわいげがあるでしょう。さぁ、小泉先生!この知見とやらを、どうぞご説明なさいますか?またいつものように、なんのかのと屁理屈を並べて国民を煙に巻くおつもりでございますか。これは安部官房長官殿の御発言ですが、輸入再開の政府決定について「あの時点では米側がしっかり検査するという上での再開なので間違ってはいない」と述べられました。首相殿はなんと述べられるのでしょうか。猿でも反省はするのですから、まして一国の総理大臣、しっかりと反省してもらいたいものです。
 それにしても、あまりにもアメリカは日本を馬鹿にしています。それともアメリカが馬鹿なのか?おそらくは両方ではないでしょうか?
 また新聞に素晴らしい意見が載っていました。「スーパーに買物に来ていた主婦が『ハヤシライスや牛丼を子供につくるために、米国産はよく使っていた。輸入が再開されると聞いて喜んでいたのに…。アメリカではみんな食べているんでしょ』と、突然買えなくなってしまうことに不満を漏らした。」50歳の方だそうですが、よくよくアメリカ牛肉がお好きなようです。こういう人はアメリカへ移住してイヤになるほど牛肉を喰ってろ!と申し上げたい。

投稿者 webmaster : 22:46 | コメント (0)

…お江戸日本橋二ツ立ち…

 お古い川柳に「日本橋どこへ行くにも好きなとこ」、「日本橋何里何里の名付け親」というのがあります。
江戸の頃より日本橋はお江戸の、いや日本のヘソであり、今でも道路は日本橋を起点にしています。この日本橋の上を通る首都高の移設を国が検討している事について、石原都知事が「日本橋をどこかに移したらいいんじゃないか。名物として残すんだったら、何もあの場所寸分狂わず置く必要はないと思う。」と述べました。また「その場所に日本橋が架かっていなくても、橋そのものがあればいい。どっか近くの川に移してね。そうするとその周辺が東京の中心の中心って感じで繁栄するかもしれん。そういう発想をするのが小説家。」とも述べました。
 さすがは小説家、面白いと思いました。しかし、新聞によりますと「日本橋は1603年に架けられ、現在の石橋は1911年に架けられたが、東京五輪前年の1963年に首都高が建設された。」とあります。浮世絵にもあるように、そもそもは木の橋です。今の橋は100年足らずで歴史的な価値は少ないと思います。この石橋を知事の言うように他の川へ移して、それを本日本橋と呼ぶとします。今までの場所はどうなるのでしょう。メイン通りですから、そこに新たに橋を架けることになると思います。もともと橋が架かっていた場所に架けた橋を新日本橋と呼びましょう。そうなると、本日本橋と新日本橋、二ツの日本橋が出来てしまい、四本橋となってしまいます。お江戸日本橋は二ツ立ちより、七ツ立ちがよろしいようで……。 首都高を動かした方が得策でしょう。

投稿者 webmaster : 22:34 | コメント (0)

2月7日(火) 第239夜のご案内

 栃東優勝
 久方ぶりに盛り上がった初場所でした。大関栃東、前の優勝から13場所ぶりの優勝。
よくやった!おめでとう! と、申し上げたいです。朝青龍はここ何場所か、稽古不足だそうです。やはり地道な鍛錬が大事なんだとつくづく思いました。

 さて八百夜、「首提灯」と「締め込み」の二席です。
首提灯はちょうど7年前にネタ降しをしました。その後寝かせておきましたが、久しぶりの再演です。締め込みも同じくです。
 寒い寒い冬です。くれぐれもかぜなどひかぬようにご自愛の程を。
私は、先日秋田で少し寒気を感じまして、その晩は大事をとって早く寝まして、早めに薬も飲んで2日で治してしまいました。

投稿者 webmaster : 21:46 | コメント (0)

2006年01月12日

旅日記 その59

賀正・・・・・・・・・・・・

 新年明けましておめでとうございます。八百夜もこの3月で満20年となります。今後ともよろしくお願い申し上げます。
 今年は箱根駅伝をゆっくりとテレビで観戦する事ができました。優勝候補がバタバタと脱落し亜細亜大学が初優勝。ゴール寸前のランナーの笑顔が実にさわやかでした。また、脱水症状でフラフラになりながらもよく頑張った順天堂大学の選手も見事でした。途中で何があるか分らない、駅伝って本当に面白いです。
 新年早々暗いニュースもありました。私と同じ山田さんの赤ちゃんで心配していましたが、無事に戻ってホッと一安心。
 また私の目標でした三浦敬三さんがお亡くなりになりました。完全燃焼して天寿を全うしたと思います。大往生でしょう。101歳でした。私はそれよりももう1年長く生きるつもりですから、アト47年あります。
 さて、昨年に戻りますが、年末に秋田の泥湯温泉で悲しい事が起きました。一家四人全員死亡といういたましい事故でした。実はその直前のコトですがですが、私も泥湯へ行く予定でした。かんじきをつけて泥湯近辺を歩くのを楽しみにしていました。年賀状にもそのことを書き、印刷がすんだ後になって、予定が変わりました。あまりにも雪が多いので代りに大湯温泉となりました。泥湯へ行けば有毒ガスを吸ってしまったかもしれません。泥湯に行きそこないましたが、天国にも行きそこないました。詳しくは次回の旅日記に書きます。
 昨年はずいぶん名湯に入りました。今回は11月の旅(山形・岩手)をご紹介します。


蔵王温泉・高砂屋・・・・・・・・・・・・

 11月9日、高砂屋さんへ4年ぶりに再訪しました。大宮から一番の新幹線、山形からバスに乗り11時前には着きました。温泉街はうっすらと雪化粧で初雪だそうです。さっそく山登りへと、ケーブルカーを乗り継いで蔵王山頂に着くと猛吹雪で、外へ出ましたがとても歩けそうにありません。駅員さんが出てきて「どこへ行くんですか」と心配そうにたずねられまして「えぇ、天国まで。」と答えましたが洒落が通じません。「イェあの写真を撮りに。」と、お地蔵さんを撮り、早々と下山しました。
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蔵王山頂駅のお地蔵様  だいぶ寒そうです
 蔵王には共同浴場が三ツあり、その一ツは高砂屋さんの目の前です。豊富な湯が滾々とあふれ出ていて草津のお湯よりもすっぱいようです。道を挟んで行ったり着たりの一日でした。10日は龍山に登り、名物の大露天風呂へ行きました。一ツの沢がそっくり温泉になっているダイナミックなものです。あたりの紅葉にうっすらと雪がかぶり、風流なお湯でした。夕方、山形へ戻って農家の奥さん方との懇親会に出席、黒沢温泉に宿泊。蔵王とちがってサラッとしたお湯です。翌日はJA山形中央会の集いで午前中に口演しました。
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蔵王の共同浴場「下の湯」
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     高砂屋さん夫婦二代
     私も特別にいっしょに食事をしました

岩手の秘湯・松川温泉の松楓荘・・・・・・・・・・・・

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名物の岩風呂・橋を渡った向う側の岩をくりぬいた湯です
御年よりもいれば20代のカップルも入っていたりと面白かったです
 
ここには宿が3軒あり、そのうち最も古いのが松楓荘です。盛岡からバスに乗るとだんだんと岩手山が大きく見えてきます。岩手山を巻くようにして、およそ1時間20分で松川温泉です。いかにも湯治場といった宿です。あたり一面の雪で、アイゼンを着けて三ツ石山へと出発しました。ほんの10分ほどで登山口です。雪は積もっていますが足跡がついています。もくもくと歩いて時間ほどで三ツ石小屋に到着、その先には足跡がありません。試しに歩いてみましたが、ヒザの上まで埋まってしまいます。山頂はすぐそこに見えていますが、あきらめました。
 松楓荘には横長で小さな部屋がずーっと並んでいます。まるでハーモニカのよう。部屋にはパイプが通っていて中を温泉が流れています。暖かいどころか暑いくらいです。窓を少し開けて寝ました夜中に、ふと目をさましたら、雪がちらちらと吹込んでいました。湯は乳白色で真に結構。ちょうど勤労感謝の日で、餅つきがありました。変わった臼で優勝カップのようです。翌24日は岩手中央会で「留守居番」と「高砂や」の二席を披露しました。
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松楓荘のご主人。手前のテーブルになっているのが
200年以上も前のもので、それを真似てこしらえた臼だそうです。

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     松楓荘の露天 ここも混浴できます

238夜 [一月十一日水曜日] の出し物  「厄払い」 「明烏」

次回239夜 [二月七日火曜日] の出し物  「締め込み」 「首提灯」
ー首提灯はネタ卸しでした。その後寝かしておきましたー

投稿者 webmaster : 04:30 | コメント (0)

2006年01月01日

1月11日(水) 第238夜のご案内

 明けましておめでとうございます。今年は良い年でありますようにと、初笑いの御案内です。
初席(元旦から10日まで)は、新宿末広亭・6時10分、池袋演芸場・7時20分の出番です。
 そして11日は八百夜です。
初春にふさわしく華やかな廓話「明烏」。これは先代文楽師、そして志ん朝誌師と代々の名人が得意としていました。私の大好きな噺で、今回久方の口演です。
もう一席は、与太郎物の「厄払い」。ちょうど今の時期の噺で、これも先代文楽師の十八番でした。
 八百夜、今年で満20年です。今後とも御ひいきをお願いいたします。

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